新型コロナウイルスでライブがいろいろ困ること

現在世の中は新型コロナウイルスで大変です。というか、都民なのであんまり他人事でもなく、でもどこまでビビればいいのかもよくわからんです。

東京マラソンも規模縮小ということですが、今のところ国内のライブが中止・延期になったというのは、見た限り一部の海外ミュージシャンのアジアツアーや一部のアマチュアバンドの集まりが飛んだくらいで、「興行」として開催されている国内ミュージシャンの国内ライブが中止になったという話は今のところ聞きません。

が、さすがに中国等の海外公演を予定していたところはおよそ延期・中止です。

嵐:北京公演
渋谷すばる:上海・台北・香港公演
Suchmos:上海・北京・深セン公演
FLOW:上海・広州・台北公演
May'n:台北公演

米津玄師も4月に中国公演予定していますが、現状で様子見の模様。

また、直接利益にならない「興行」以外のイベントでは中止・延期になっているものが国内でもけっこうあります。

SixTONES・Snow Man:スペシャルイベント+ハイタッチ会
AKB48:大握手会
SKE48:個別握手会
NMB48:個別握手会
STU48:個別握手会・発売記念イベント
日向坂46:個別握手会
EXILE:スクラッチカード抽選会
TWICE:お渡し会
など。

あと、国内公演は予定通り開催しても、ツアーグッズの製造が中国なため納品が遅れているという、別の事態も発生中。

浜崎あゆみ:グッズの発売遅延
THE ORAL CIGARETTES:「ライブ会場での販売が現在確約できかねる状況」
和楽器バンド:「当初予定しておりました商品数全ての納品が難しい状況」
など。

本当、CD販売が厳しくなって以降、興行・物販に軸足が完全に移っていますので、グッズの遅延だけでも相当キツいはずで、国内ライブまで止まったりすると我々だけでなく演者の皆さんも相当に困るんですけど、でも健康は何よりも大切ですし、いろいろ難しいところです。
とはいえ、どっか大きめのミュージシャンが国内ライブ中止しようものなら、ドミノ倒しのように一気に行っちまうような気も。
まあ、普通に毎日ラッシュの電車で通勤している時点でどうなんだって話ではありますが。

MUSIC SHOP BIGと新星堂のこと

新星堂、ぼろぼろと閉店していくペースにはまるで合いませんが、それでも2月14日、今年になって2店目を新たにオープンさせます。

新星堂 イオンモール高の原店

この1月まで入店していたCD店はMUSIC SHOP BIG。2007年のイオンモールのグランドオープン時から入っていたのが退店し、代わりに入ったのが新星堂ということになります。
この状況に大変に時代を感じてしまいまして。

元々BIGを運営している株式会社音光は、広島を中心に音楽周辺商品の卸を行っていたのですが、「MUSIC SHOP BIG」「MEDIA STATION BIG」の屋号で小売りも展開し始めまして。しかしその店舗展開は全国に及ぶものの、何ともイビツで。
2010年の公式サイトの店舗一覧がこんな感じ。

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これは要するに、元々テナントとして入っていたCD店が退店した跡地に、ほぼ居抜きで入っていっては店舗網を拡大していくというスタイル。ということです。
退店した店舗は、元々そのショッピングモールができる前に地元の商店街で営業していた個人店がショッピングモールに支店を出すという形だったり、他の大手チェーンの店舗だったり。
たとえばこの画像の中で、確認できた限りでジャスコ八事、四日市、和泉府中は元々は新星堂だったのがその退店後にBIGが入った形で。
卸も事業として持っているということは、小売店が減るとその分アガリも減ります。それを自社でやれるところまで何とかする、という方針ですね。

それがこのイオンモール高の原がオープンする頃から、新規オープンのショッピングモールにタワーやHMV等の大手がぐいぐい入店するパワーが落ちてきまして、グランドオープン時からBIGが入店するという事例が散見されるようになってきます。

そして2020年、逆転が起きたわけです。
ずっと残り物をつまんできたBIGが、グランドオープン時から入店できるようになり、そして今回、BIGが退店した後に新星堂が入るという下克上、ではないな。でもなんかそんな感じの状況。
何となく、見た目としては感動してもいい状況ですが、もう少し深掘りすると正味のところそんないいストーリーでもなく。

というのは、新星堂が現在RIZAPの子会社だということは前々から申し上げているのですが、実は株式会社音光も現在はRIZAPの子会社でして。新星堂の親会社ワンダーコーポレーションがRIZAPの子会社になったのが2018年3月、音光が子会社になったのは同年6月。
つまり、単純にグループ内の屋号を整理する一環なだけじゃないかと、そんな気もするのです。

BIGはそういう方針でしたので、閉店した店舗があっても他のショッピングモールの大手CD店舗が潰れたらそこに居抜きで入ることで、店舗数をキープしていたのですが、ここんとこはもうそれもできなくなって閉店店舗ばかりが増えていきます。

2019/05/26 メディアステーションBIG 高松店(香川県高松市)
2019/07/28 メディアステーションBIG 金沢八景店(神奈川県横浜市金沢区)
2019/07/31 MUSIC SHOP BIG 今治新都市店(愛媛県今治市)
2019/08/31 メディアステーションBIG 綾川店(香川県綾歌郡綾川町)
2019/09/29 MUSIC SHOP BIG 出雲店(島根県出雲市)
2020/01/26 MUSIC SHOP BIG 高の原店(京都府木津川市)
2020/01/31 MUSIC SHOP BIG 三田店(兵庫県三田市)

少なくなっても25店舗を切ったことのなかった店舗数が、遂に20を切りました。
そしてBIGを新星堂に挿げ替えるというアクション。これつまり今後、全国のBIGが新星堂になってもおかしくないわけです。ぶっちゃけBIGという屋号よりは新星堂の方が世間的には覚えもめでたいわけですし。

それを一斉にやるためのコストとか子会社の人事的なところとか。その天秤によるのでしょうから、部外者はわからん。ただそんな予想をしてあとは眺めるのみ。

オールドメディア化していくこと

今日、ミュージックステーション見てたら「冬うたランキング」という、いつも通りのよくわからない特集をやっていまして、そのランキングの元がCD売り上げではなく、1994年以降、要するに通信での提供となったことで精緻な値が取れるようになってから以降のカラオケDAMでのその通信回数ということで。

そもそもランクインしているイルカの「なごり雪」は早春の歌だろうとか、平原綾香の「Jupiter」に冬の要素がリリース日以外に何かあるのかとか、「アナ雪」関連は最初のはまだいいとしても、2の方の「Into The Unknown」は、映画は雪かもしれんが楽曲には冬の要素ゼロだぞとか、「冬うた」の定義も随分酷かったのですが、それでも見ていて随分興味深いところはあり。

最も気になったのは25年間ずっとランクインし続けていた石川さゆり「津軽海峡冬景色」が2018年に1位になったり、2006年に1度1位になったレミオロメンの「粉雪」が2016年1位に返り咲いたりした点。
これ要するに、カラオケが老若男女に広く支持される娯楽に君臨した後、徐々に衰え続け、特に若い層からの支持を失っていった、ということを如実に表しているわけで。

CD時代には相当な盤に収録されていた「カラオケVer.」もいつしか「Instrumental」と表記されることが当たり前になり、配信・ストリーミングになった今や、もう「Instrumental」がないものが大半。
カラオケはまだ一部には楽しまれていることは間違いないのですが、CDと同様に「オールドメディア」と化していきつつあるのだなあ、という気分に。

そのCDは今週のフラゲ日のオリコンCDデイリーランキング。各曲について評価するつもりは全くありませんが、もうCDチャートはここまで「国民的ヒット」的なところから離れているものですよ、ということは理解していただけるかと思います。

そろそろ数値的にも、熱心なファンが3桁程度でも、戦略と熱意をもって臨んで「積む」ことができれば、フラゲ日のデイリー1位は可能になっていると言っていいと思います。
あとは、そういう状況に置かれた「ゲーム」に誰がいつまで参加し続けるのか、ということなのですが、その参加者の数が今後どのくらい維持されるのか、ということと、今後日本のパッケージのマーケットがいつまで存続できるのか、ということはおよそ比例するのであろうなあ、と。

CD好きですけど、さすがにもう無理しなくていいかな、と思い始めました。

オリコンシングルチャートのルールのこと

前回、SixTONESがソニー、Snow Manがエイベックスにもかかわらず、2レーベルから出たCDが合算される形で集計されましたが、類似の事例は過去にも松任谷由実とカールスモーキー石井のシングルであったよ、という話をしました。もうひとつ井上陽水奥田民生も、過去の全音源全く同じ内容のものがフォーライフとソニー両方からリリースされています。

ただ、過去事例の場合は、異なるレーベルに所属しているミュージシャンが個人的な関係を通して合同で音源を出すという話になった結果ではあり、SixTONES vs Snow Manの場合は合同の音源は収録されない「初」の事例と考えてもいいのですが、でも「既存のルールの範囲内でうまく立ち回った事例」というのが一番しっくりきます。

ジャニーズは過去にもそういう手を使っています。
カップリングやジャケットが異なる、つまり型番が異なる盤でも、同一シングルであると判断すれば合算で集計しますよ、という事例は現在当たり前ですが、「カップリング曲の異なるシングルを同日にリリースした」最初の事例は1985年にリリースされた少年隊の「仮面舞踏会」です。表題曲は同じですが、カップリング曲とジャケット違いで3種リリースされました。

が、これも無理くりという感じではなく、その時期に近い事例を挙げると、1983年に松田聖子のシングル「ガラスの林檎」がリリースされたのですが、カップリング曲「SWEET MEMORIES」がサントリーのCM曲として爆発的に認知されたことで、ジャケット違い&両A面にして再リリースされた事例がありまして、そりゃ当然合算して集計されるわけですが、そういう過去の例を踏まえてリリースされた結果が、少年隊のそれなわけです。

で、ジャニーズ以外にもいろいろあります。
1999年にはGLAYの「サバイバル」が「ビデオシングルのみでのリリース」にもかかわらず、何故かシングルCDチャートの1位になるという事例がありました。
何かいろいろあった結果であることは容易に予想できるのですが、その後さすがにそれは無茶やろというツッコミが入ったのでしょうか、それ以降「ビデオシングル」「DVDシングル」がCDチャートで扱われたという事例は、GLAY自身のDVDシングルを含めてありません。

また、シングルチャートは元々はドーナツ盤のチャートでしたので、長い問2曲以下の収録であることが条件だったのですが(以下というのは、たまに片面のみ1曲のみの盤があったから)、1980年代になって12インチシングルがブームになった1984年頃、佐野元春が「Extended Mix」と「7inch Version」「Instrumental」の3トラック入り盤とか、吉川晃司が過去曲のリミックスを3曲収録した盤を出したりすることから、だんだんなし崩しになっていきます。

ただ、この頃はまだ7インチ盤と12インチ盤で同じタイトルのシングルがリリースされても合算されず別々に集計されていました。
内容が異なる盤がひとつの楽曲として合算されるようになったのはいつから、というのは具体的に見つけられませんでしたが、恐らく7インチ盤と8cmCDシングルの併売期、8cmCDの方にだけカラオケが収録された、というのが最初ではないかと思います。
もしかしたら遥か昔に7インチとカセットで微妙に内容が異なる事例もあったかもしれないですが。

1997年の「めざせポケモンマスター」では4曲収録されてもシングル扱いされるように(盤にはタイトル曲のカラオケも入って5トラック収録)なりました。
そして1999年7月、浜崎あゆみの「Boys & Girls」で、新曲は表題曲1曲のみですが、リミックス6トラックと過去曲のリミックス2曲という10トラック収録の盤が「シングル」扱いとなり、翌月の「A」では新曲4曲収録+リミックス10曲の合計14トラック入りの盤も「シングル」ということに。

それ以降は正味、当時の浜崎あゆみ以上に無茶する人が現れないためか、結局、現在の「シングル」の定義は「オリジナル新曲4由以下」「ライブブァージョンやリミックス等のヴァージョン違いは過去曲なら制限なし」という、浜崎あゆみ期のルールが今も基準のようです。
ただ、松崎しげるの「愛のメモリー」のヴァージョン違い12曲収録が「メガシングル」としてシングル扱いだった一方、織田裕二の「Love Somebody」のヴァージョン違い12曲収録がアルバム扱いだったり、境目にある盤は売る方の都合でけっこうどうとでもなっていたりとか。

ということで、シングルチャートのルールというのは、明確なルールは時々にあったにしても、ちょいちょい変更がかかりがちだ、ということはよくわかります。むしろ既存のルールに収まるように作戦を考えているジャニーズはけっこう律義ではないか、というのが感想です。
というか、2020年にシングル盤を売ろうと頭使うこと自体、もう他になかなかいないと思います。

SixTONESとSnow ManとジャニーズがCDを売り続けること

SixTONESとSnow Manの件、以前にSixTONESはソニー系のSME Records、SNOW MANはavex traxとレーベルが違うのに両者の曲が1枚の盤に収録される、いわばスプリット盤の形でデビューシングルがリリースされるということで、これオリコンの集計はどうなるのでしょう、ということを書いたのですが、結果としてレーベルで分けることなく、両社の盤の売上を合算する形になりました。そしてオリコン1位

ただこういう方針、過去に既に「前例」があることをTwitterで教えていただきました。
1992年の松任谷由実・カールスモーキー石井のデュエット・ソング「愛のWAVE」。松任谷由実は当時東芝EMI所属、カールスモーキー石井はソニー所属だったため、同じ楽曲がほぼ同じジャケットで東芝EMIとソニーから二種同時リリースされました。相違点はカラオケ。東芝EMIの方は「with YUMING」ヴァージョン、ソニーの方は「with カールスモーキー石井」ヴァージョン。
楽曲が「同じ曲である」という点は異なりますが、だいぶ近い。そしてこの曲も合算で集計され、オリコン1位になりました。

しかしリリースに至るまでの2グループの活動はすごかった。一時期はテレビのバラエティ番組見たらだいたいどちらかのメンバーのうち1人か2人は出ているんじゃないかと思うレベル。雑誌もテレビ誌や女性誌を中心にすごい勢いで表紙だし、これまでにジャニーズが得意としてきた従来メディアを絨毯爆撃的に攻めたプロモーションを極めた感があります。
更にジャニーズ勢としては初めてデビュー時点でフル尺に近い(でも本当のフル尺ではないところはポイント)MVをYouTubeで公開したり、その他メンバーの人となりがわかる動画をじゃんじゃん公開したり、またファン・コミュニティ内ではフラゲ日から「この店にはまだ在庫がある」情報が飛び交い、「積み増し」を行おうとする熱心なファンにとってはこの上ない環境。

そんな新旧の施策・状況を取り混ぜて、132万枚超えという数値。デジタルに放った割にはCDだけで、ストリーミングはもちろんダウンロードすらないわけですが。
でも、ジャニーズの場合はなかなかそっちに向かえない事情があるのではないかと、少し思ったんですよ。

利益率的にはCDがダントツで一番なのは当然ですが、もはや従来メディアで販促したら100万200万売れる時代でもなくなりました。そこで多くのミュージシャンは、ライブとそれに伴う物販を収益のメインにする形でビジネスモデルを再構築しているわけですが、ジャニーズ勢はCD売れなくなる前から大会場を押さえてコンサートを開催しまくり、グッズを売りまくっているわけです。
もっと大会場でって考えても、東京ドームをこれまでの実績以上の日数押さえることはさすがに他のミュージシャンもいますので難しいですし、もっとコンサートの回数をと考えても、ジャニーズの皆さんはテレビや映画に出演してそのタレントとしての実績を重ねていくというのがパターンですので、その活動がある以上、それもなかなか難しい。

要するにこれまでの時点で既にCD販売もコンサートも物販もアクセルをベタ踏みで来ているもんですから、CDが減ったからといって「じゃあ他で」と軸足を移せる場所が現状ではどこにもない。だから「もう本当にあかん」という最後の瞬間まで鬼のようにCDを売り続けることになるのではないかと思います。もしくはCD以上に収益性があって、かつ今以上にタレントを疲弊させない画期的なサービスを開発するか。
まあ、そんないいサービスあるなら、もうどっかの誰かが見つけてますか。

で、ビルボードチャートの方は容赦なく別盤としてカウントしていますので、こんな感じ
オリコンの方もむしろ別計算にして両グループのファンを必死にさせた方がもっと売上が上がったんじゃないかと考えたりもするのですが、それやったら短期で疲弊して大量の脱落者が出るのではないかとも思うので、これでよかったのです。
とにかくオタ活は、身の丈に合った範囲で、優しい気持ちで。

Pet Shop Boys「Hotspot」のこと

Pet Shop Boysくらい働き者のユニットもいないと思います。デビュー36年目にして14枚目のアルバム。海外の大御所としては相当なペース。オリジナル・アルバムの間が4年空いたことがない。
そして、各アルバムで様々なチャレンジはしつつも、デビュー時にニール・テナントが言っていた「ポップで、でもちょっと考えさせる音楽」という線は36年間一切ブレていない。
昨年の来日公演も本当に素晴らしくて、もう大好きなんですけど。

新作、PLAYボタン押していきなりものすごいアナログシンセ音出てきて笑ったのですが、このアルバムはベルリンのハンザ・スタジオ録音ということで、スタジオ内のビンテージ級の機材を使い倒した模様。
ざっくり聴いていると、全体的に「集大成」感がすごくしました。
そのアナログシンセで始まるM-1「Will-o-the-wisp」も歌メロ始まってみたら非常に80年代の彼らっぽい音になるし、M-3「Happy People」はものすごく90年代的なリズムとババンバ・ピアノで押してくるコテコテのハウスがベースだし、M-5「Hoping For A Miracle」なんか1990年の「Behavior」に収録されていたとしても違和感ない。
バーナード・バトラーによるアコースティック・ギターで引っ張るM-9「Burning The Heather」のような新機軸はあるものの、最新の音楽情勢をキャッチアップしたような感じは今回のアルバムにはなく。

ただ、リードトラックとして公開されていた「Dreamland」は、彼らにしてはもうとてつもなくわかりやすく現在のBrexit状態のUKのことを題材にしているわけですし、「Hoping For A Miracle」もそんな感じで。
ぶっちゃけ彼らの英語は決して難しくはないんですが、その分単純に訳した意味で捉えてもいけなくて、で、国内盤買ってないから訳詞もわからず、いろいろ訳してみたのですが、特に「Burning The Heather」はこれ一文一文は簡単ですが、全体としての意味は自分のレベルではとても難解で、でも何となく今のEUのことではないかと思ったりして。

考えてみると、だからハンザ・スタジオでビンテージ楽器を使用した過去の集大成的な音にする必要があったのではないかと。
元々ヨーロッパを平和にするはずのEUという仕組みが、そのせいで諍いを起こしている、UKは特にそこから脱退するかどうかという、正直本来的な意味から考えると「退化」に向かおうとしている。
そういうところまで含めて生粋のUK人であるPet Shop Boysが、そういう表現をしているのだと。

たぶんUKでポピュラー・ミュージックをやってる人、人気商売ではありますので、なかなかはっきりしたことは言えないと思います。保守党か労働党かの二択とは比べものにならないくらい複雑な二択ですし、そもそもThe Blow Monkeysがサッチャー首相を「たかが雑貨屋の娘じゃないか」とDISった頃から、コンプライアンス的にも相当変わりました。

そういう世の中で、今言える、表現できることをして、こんなアルバムタイトルを付けているのだと考えると、やっぱり彼らはとてつもなく信頼できるのです。

2020年の新星堂とWonderGOOのこと

はい、新星堂とWonderGOOの話。
ライザップの子会社になって以降、一度相当に粛清した後は結構落ち着き、名古屋に新店舗までオープンさせていたのですが、今年になって2度目の粛清が開始されました。

01/31 新星堂 エスパル山形店
02/02 新星堂 和光店
02/08 新星堂 ゆめタウン八代店
02/15 新星堂 守口店
02/20 新星堂 アピタ名古屋北店
02/24 新星堂 生駒店

01/13 WonderGOO 加須店
01/31 WonderGOO つがる柏店(TSUTAYAへの業転)
02/09 WonderGOO 藤岡店
02/16 WonderGOO 千代田店

新星堂はこの減少によって74店舗(「エンタバ」業態除く)、恐らく1970年代から保持し続けてきたであろう「日本最大の店舗網を持つCD販売店チェーン」の座から陥落し、1位の座をタワーレコード(76店舗・CAFE業態除く)に譲ります。

TSUTAYAでCD販売している店舗は744店舗、GEOで777店舗ありますから、専門店の数でそういう比較するのはあんまり意味ないかもしれません。でも逆に「うちの近所のTSUTAYAのCD販売は棚1個だけで、とても『CD店』と呼べるレベルではないぞ」ということも非常によくあるので、いろいろ難しい。
新星堂が全盛期の半分以下にまで店舗数を減らしているのは間違いないので、とりあえずそういうことで。

手元にミュージックマガジンの1983年10月号があるのですが、そこに新星堂の見開き広告が載っていて。ていうかこの広告欲しさに買ったのですが。

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この時点で152店。最大で200近くまで行ったはずですので。

で、今後なんですけど、だんだん世の中的にストリーミング勢が増えてきている感はすごくありますので、これまで確認できたのは数例のみだった、所謂「通常盤CD」を出さない事例、ファン向けの特典付きの「初回限定盤」だけしかCDは出ず、本当に初回ロットを捌いたらフィジカルは終わり、みたいな状況がもう少し当たり前感出てくるのではないかと、思っています。

そうなると、アナログメインの店はともかく、正直新譜CD屋は「在庫を並べる商売」ではなくなってきますので、店の形もまた変わってくるのかもしれません。
ジャニーズとハロプロがストリーミングに行くのか行かないのかがけっこう分水嶺。そこが行ってしまったら残るのは一部のバンド・ミュージシャンのみ。それ以外で「塊」と呼べるのは「演歌」くらい、ということになるので。

ここまで考えると、現状で各地にある「演歌専門CD店」っていうのは、結果として「未来志向のパッケージ屋」だったのではないか、と思います。ものすごく本当に結果としてですが。

チケットぴあと電子チケットのこと

一部のタワーレコードに併設されていた「チケットぴあ」、渋谷店だったら入り口入ってすぐ、上りのエスカレーターの脇にカウンターがありましたが、昨年12月に営業終了しています。
残りの秋葉原店と浦和店、TOWERmini汐留店の窓口もこの2月で終了、これでタワーレコードから完全撤収です。
現在、チケットぴあ窓口は、ショッピングセンターのインフォメーションに併設されているものや、バンダレコード店頭など全国106個所に過ぎませんが、でも正直「ようまだそんだけ残ってるな」という気持ちでもあります。

チケット販売ほどネットによって利便性が上がったものも他になかなか思いつかないレベルですが、電子チケットが増えてきたことでその便利っぷりは更に。

例えば私は今日、本来ならOf Monsters And Menのライブ行くはずだったんですけど、メンバーの急病ということで延期になりまして。
幸いにもメールで連絡もらっていたので事前にわかってはいたのですが、イープラスの電子チケットの券面に「この公演は延期になりました」の表記が出て教えてくれる仕組みがあり、これ相当ぼんやりしていない限り、会場に行ってからびっくりすることはありません。

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先日、LINEチケットの独占先行で4人分押さえたんですけど、申し込みに数クリック、数日後当選のLINEメッセージが来て発券日を告知され、発券日になったらクリックできるようになって、とっとと3人指定して「分配」したら各人に電子チケットがすっ飛んでいくのです。
自分はこれ以上「ペイ」増やしたくないのでLINEペイは使用していないのですが、使用していたら代金の徴収も一瞬で完了できます。なんだこの世の中。
アホみたいに便利、でもひとつの企業のサービスに囲い込まれすぎると、それはそれで何となくリスクではないかと思ってしまうのですが、時々その感覚を利便性が追い抜いていくので困ります。

そしてそれと共に過去の「当然」を忘れていきます。
会社の年寄り同士で話す際、「PCなかった頃、どうやって会議の設定してたっけ」みたいな話題になることがありますが、考えてみれば、チケットぴあなどのプレイガイドで申し込みからチケット購入までを行った最後っていつだったかと思い出そうとしてももう無理で、確か一瞬プッシュホン回線でオンライン予約していた時期があったなあとか、朧げな記憶が頼りなげに顔を出すレベル。現在の仕組みがどんどん自分にとっても当たり前になっていくにしたがって、過去は記憶の向こうに押しやられていくのです。

それでも、学生時分にどうしても行きたいライブのチケット発売日には、だいたい当時の自宅から徒歩10分の所にあった阪神御影駅前の長崎屋の2階のチケットぴあに朝から並んでいたことはすごく覚えています。今は昔、チケットぴあはおろか長崎屋御影店もとうに潰れ、というか「長崎屋」という屋号自体が風前の灯
もう世の中の流れって恐ろしいわ。

BARBEE BOYS@代々木第一体育館のライブのこと

1月13日はBARBEE BOYS@代々木第一体育館。

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BARBEE BOYSについてはまず、1980年代の彼らがどれくらいオリジナリティの塊で、そしてそれ故に解散以降過小評価され続けてきたのか、ということを申し上げねばなりません。

ようやく日本でバンドによる音楽がミュージックビジネスの中心になりつつあった1980年代前半、それでも女性ヴォーカルバンドですら稀な時代に男女ツインヴォーカルというスタイルは、当時の世界中見渡しても超レア。

世界的に見て「男女が共にヴォーカルを取るバンド・グループ」の始祖的存在はIke And Tina Turner Reviewの一部楽曲、Peter, Paul and MaryやFleetwood Macあたりが挙げられますが、これらはメンバーの誰かがメイン・ヴォーカルを取る形であったり、ハモったりという形であって、ここまで並列の「ツインヴォーカル」という事例は、世界的に見ても彼ら以前ではJefferson Airplane/Jefferson Starshipくらいしか思いつかない。

かつ、男女間の様々な機微をストーリー的に転がす歌詞によって男女ツインであることへの圧倒的な必然性が生じ、しかも相当猥褻なことも歌っているにもかかわらず、そのポップネスとユーモアによって全く下品に聴こえないという状態。
要するに世界的にもほとんど例を見ない編成にして、既にその完成形・理想形であったという奇跡のようなバンドだったわけです。

しかし、そういう奇跡的なバランスであったが故に、彼らには一切と言っていいレベルでフォロワーが現れませんでした。正直あんなセンスの楽曲を誰が書けるのかつったら常人には無理だし、そもそもあのスタイルはヴォーカルが男女ともに色男・色女でないと全く説得力がなく、そもそもそんなメンバーどうやって集めるの、という時点で。

かくしてこのパイオニアが立ち止まった時点でスタイルごと終了、断絶を迎えることになります。フォロワーがいなければパイオニアが大きく再評価されることもなく、ただ当時に彼らの音楽に痺れたおっさんおばさんが時々思い出しては「最高最高」と譫言のように呻くだけになってしまいました。

だから今回の活動再開というのは、ただ観られて嬉しいというだけではないのです。おっさんおばはんが当時のあの気持ちを確認しにいくのです。当時のあの熱狂を取り戻しにいくのです。

果たして代々木第一体育館はだいたい同い年のおっさんおばはんでぱんぱんの満員。そしてバンドのメンバーはだいたい還暦かそれ近く。果たしてどこまでやれるのか、という不安はありました。
が、およそ問題なし。豊洲のOKAMOTO'Sとの2マン観に行った友人曰く、コンタの声が厳しかったとのことでしたが、そこからトレーニングを積んだのでしょう、さすがに全盛期までは行かないにしろ、予想以上に大丈夫。
あとコイソのドラムの腕の使い方が何か少し妙に見えたくらい、というか、杏子姐さんがロングスカートからミニスカートに早替えするときにみんな「おー」って、お前ら彼女この8月で還暦なのに何言ってんだ。俺も言ったけど。

イマサの楽曲は調子のいい悪いが比較的はっきりしていて、というかアルバム通しておよそ抜群なのは2ndから4thまでだと思っていて、1989年に「夜のヒットスタジオ」に出演して「chibi」を披露した際、「曲書いてますか」と問われたイマサが「湯水のように」と回答したのを聞いた当時の私は、その回答のセンスを理解できず、「いや、このアルバムのアベレージレベルの曲を湯水のように書いてもあかんやろ」と脳内マジレスしたことを強烈に覚えています。
正味新作も決して傑作とは思いませんが、でももういいの。こうやって曲を書いてライブやるモチベーションが5人にあり、時々でいいからまたライブしてくれれば。

あと、改めての報告ですが、新宿駅西口地下街のカレーハウス11イマサが花を出していました。

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抜群の立地なので普通に経営すればいいのに、時々「背脂カレー」とかの頭の悪いメニューを出すお店です。最近行ってないので、花代分くらいは食べに行きたいと思います。よろしくお願いします。

BAROQUE@ハーモニーホール座間のライブのこと

1月10日はBAROQUEのライブ@ハーモニーホール座間。
昨夏のアルバム「PUER ET PUELLA」が大変に素晴らしく、ライブ行かなあかんと思って日程見て、ツアーファイナルがホールだったので、ここだと思いまして。
でも座間だけど。正直初めて日程見た時「は?座間?」と声が出た。

座間だったのはギターの圭くんの故郷ということもあったのでしょうが、それ以前に「絶対にホールでライブをやる」ことが意図としてあったのだろうと思います。そう思うそういうライブ。
ハーモニーホール座間は1300人強の箱ですが、同じサイズのライブハウスではステージ領域が小さすぎてできない演出をそこここにぶっこんでくる、という意味で。

ライブ本編はおよそ三部構成のような作り。
頭はほぼ前作までの楽曲で構成された形で、でも場としてそのライブの色を作っていく。
そして透過スクリーンが降りてきて映像と共にガッツリ作り込んだ世界観でもってぐいぐい見せ場を作り込んでいく。そして一番いいところでステージ後方にこちらに向けていた白熱電球のサスライト、50近く吊り込んであったんじゃないでしょうか、それが一斉に、光以外何も見えなくなるレベルで発光するというえげつない演出。舞台上の演者の皆さんにはたまったもんじゃない温度でしょうが、でもLEDの温度だったらここまで心に来ない。光とそして熱もガンガン来る。そこで鳴っている壮大な音。ここまで本当に「やりたい音楽をその音楽以上に『届く』形で見せる」ことに成功していて、正直ビビる。
ただライブで演るだけでも間違いない楽曲群を、ここまで伝えにかかってくる「本気」。

それ以降は、緩めのMCを挟んで明るめの曲を中心に。おっさんは作り込んだまま最後まで行ってほしいなあという気持ちはありましたが、きちんとかっこよくてきちんと盛り上がれる場は外さない、ということだと思います。ここは「ビジュアル系の矜持」なのでしょう。

そしてアンコールの最後にようやく、今回のアルバムのリード曲「PUER ET PUELLA」が来て、改めて場を締めて大団円。
自分たちがミュージシャンとしてやりたいこと、ファンから求められている自分たち、その双方に対して誠実に落とし前を付けた「優れた楽曲を多数持つビジュアル系バンド」としての、極めて優れた表現でした。

そして、弦や様々なシーケンスは乗っかってはいるものの、このバンドは全くもって「ギターバンド」である、ということがライブを観て非常によくわかりました。
刻むギター、歪むギター、泣くギター、ギタリストが好んでプレイするスタイルはありますが、圭くんのギターは曲毎どころか1曲の中でも刻み、歪み、泣く。そして「泣く」でも70年代ロックからBon Iverの「Perth」のようなところまで、その間をつなぐような泣き方をするのです。
これはこのバンドが、決まった音楽性でもってずっと続けているのではなく、その時々で自分が好きな音楽があって、その音楽性を吸収しながら進んできたからで。自由で、そういう意志のあるバンドです。もうそれだけでもOKじゃないですか。

だから、これ困ったなと思うのは、このJ-POP全領域込みで考えても相当に高い音楽性と技術を持つこのバンドが、こんな1000人そこそこの動員でもってやってるのってどうなの、ということなんですよ。

アルバムのことを話した時に「ヴィジュアル系の外にアピールするには」みたいなことを言っていたのですが、でもこれ違うぞ、と帰り道に考えていました。
まずアピールすべきは、BAROQUE推しじゃないバンギャだ。

バンギャパワーはゴールデンボンバーがお茶の間のスターになる前段を首尾よく整えたり、同じくお茶の間のスターとなったGACKT先生を長期にわたって音楽面を支え続けたりと、本気になるとなかなかエグいものがありますし、当然ライブをいろいろ観てますので、その審美眼も高いはずです。であれば、BAROQUEの今回のライブのレベルであれば少なくとも「エゲツないことやってる」ということは伝わるはずだと思うのですよ。

ただ、彼らが所属するフリーウィルは、ストリーミングも解禁していないし、V系が多数出演するフェス的なところにもこれまでは出ていかない方針、という点が正直厳しくはあります。
何とかして「伝わる」ところに行ってほしいと、心から思います。