最近のBOOKOFFのこと

ブックオフの話。
ブックオフは、全国店舗数自体は減少していますが、取扱商品の範囲を書籍やCD/DVDあたりから総合リユースに方針転換を行って以降、移転オープンする店は概ね1店舗あたりの床面積は増えていますので、全体としてはあまりシュリンクしていないようにも思えます。

特に、中小規模のロードサイド型路面店が減って、既存の商業施設内に大きな床面積を取ってオープンする店舗が増えているような感じがしていたので、実際のところをカウントしてみました。

2020年から現時点までの間に、「オープン」したブックオフは把握している全てで68店舗。
うち完全な新規オープンが24店舗、旧店舗からの移転オープンが44店舗。

新規オープンの24店舗のうち、商業施設内でのオープンが16で路面店は8。
「16」の中には、一度アクロスプラザ西那須野内でオープンして一旦閉店、何年も空いてから再度出店した「ブックオフ西那須野店」を含みます。

<新規オープン(商業施設内)>
2020/05/02:BOOKOFF PLUS 恵那店(岐阜県恵那市・恵那ショッピングセンター内)
2020/12/11:BOOKOFF 新潟亀田インター店(新潟県新潟市・アークプラザ新潟内)
2022/08/04:BOOKOFF 春日部豊春店(埼玉県春日部市・コモディイイダ豊春店2階)
2022/08/19:BOOKOFF 千葉イオンマリンピア専門館店(千葉県千葉市・イオンマリンピア専門館2階)
2022/09/16:BOOKOFF マリエとやま店(富山県富山市・マリエとやま5階)
2023/07/28:BOOKOFF PLUS ヨシヅヤ新稲沢店(愛知県稲沢市・ヨシヅヤ新稲沢店2階)
2023/09/07:BOOKOFF PLUS 日立駅前店(茨城県日立市・ヒタチエ3階)
2023/09/08:BOOKOFF DCM上磯店(北海道北斗市・DCM上磯店2階)
2023/11/17:BOOKOFF イトーヨーカドー溝ノ口店(神奈川県川崎市・イトーヨーカドー溝ノ口店3階)
2024/02/05:BOOKOFF JR上熊本駅店(熊本県熊本市・えきマチ1丁目上熊本1階)
2024/04/26:BOOKOFF SUPER BAZAAR エディオン大津店(滋賀県大津市・エディオン大津店2階)
2024/07/12:BOOKOFF イトーヨーカドー東村山店(東京都東村山市・イトーヨーカドー東村山店3階)
2025/05/21:BOOKOFF 西那須野店(栃木県那須塩原市・アクロスプラザ西那須野内)
2025/07/18:BOOKOFF 熊本インター店(熊本県熊本市・熊本インターSC内)
2026/04/28:BOOKOFF 千葉成東店(千葉県山武市・ラパーク成東内)
2026/06/25:BOOKOFF SUPER BAZZAR 豊中三国店(大阪府豊中市・エディオン豊中店3階)

(BOOKOFF JR上熊本駅店)

移転オープンの44店舗のうち、路面店から商業施設内に移転したものが28、商業施設内の店舗が別の商業施設に移転したものが5、路面店から別の路面店に移転したものが11。
「5」の中には、超巨大商業施設の宇都宮インターパークの中で別区画に移転した「ブックオフ宇都宮インターパーク店」を含みます。

<移転オープン(路面→商業施設)>
2020/08/07:BOOKOFF PLUS 可児店(岐阜県可児市・可児広見店から移転)
2020/11/13:BOOKOFF PLUS 加須店(埼玉県加須市・埼玉加須店から移転)
2021/11/18:BOOKOFF PLUS 茅野店(長野県茅野市・茅野塚原店から移転)
2021/12/10:BOOKOFF 大野城御笠川店(福岡県大野城市・大野城市役所前店から移転)
2022/08/06:BOOKOFF 鈴鹿ハンター店(三重県鈴鹿市・鈴鹿白子店から移転)
2022/09/09:BOOKOFF 諫早店(長崎県諫早市・諫早バイパス店から移転)
2022/12/09:BOOKOFF 東川口マルエツ店(埼玉県川口市・川口戸塚店から移転)
2022/09/10:BOOKOFF イオン本牧店(神奈川県横浜市・本牧宮原店から移転)
2022/12/10:BOOKOFF SUPER BAZAAR PAPA上尾店(埼玉県上尾市・17号北上尾店から移転)
2023/05/27:BOOKOFF イオン山形北店(山形県山形市・山形馬見ヶ崎店から移転)
2023/11/11:BOOKOFF イオンモール大牟田店(福岡県大牟田市・大牟田船津店から移転)
2023/11/12:BOOKOFF PLUS 日光今市店(栃木県日光市・栃木今市店から移転)
2023/11/27:BOOKOFF イオン橋本店(神奈川県相模原市・橋本津久井街道店/橋本駅南口店の統合移転)
2024/04/14:BOOKOFF じゃんぼスクエア香芝店(奈良県香芝市・香芝店から移転)
2024/04/26:BOOKOFF SUPER BAZAAR 甲府貢川店(山梨県甲府市・甲府平和通り店/甲府下石田店の統合移転)
2024/11/05:BOOKOFF SUPER BAZAAR 草加セーモンプラザ店(埼玉県草加市・草加店から移転)
2024/11/27:BOOKOFF リヴィン田無店(東京都西東京市・田無駅北口店から移転)
2025/04/17:BOOKOFF SUPER BAZAAR イトーヨーカドー八王子店(東京都八王子市・八王子めじろ台店から移転)
2025/04/18:BOOKOFF 福井エルパプラス店(福井県福井市・福井やしろ店から移転)
2025/07/04:BOOKOFF タイヨー小松台店(宮崎県宮崎市・宮崎大塚店から移転)
2025/11/06:BOOKOFF SUPER BAZAAR トライアル伊勢崎中央店(群馬県伊勢崎市・伊勢崎上泉店から移転)
2025/12/10:BOOKOFF シーナシーナ琴似店(北海道札幌市・札幌琴似店から移転)
2026/02/05:BOOKOFF SUPER BAZAAR ゆめまち習志野台モール店(千葉県船橋市・八千代大和田店から移転)
2026/04/09:BOOKOFF SUPER BAZAAR 野田店(千葉県野田市・16号野田店から移転)
2026/06/26:BOOKOFF SUPER BAZZAR ユーカリが丘スカイプラザ店(千葉県佐倉市・佐倉志津店から移転)
2026/07/27:BOOKOFF イオン吹田店(大阪府吹田市・吹田駅前店から移転)
2026/09/11:BOOKOFF イオン福岡東店(福岡県糟屋郡志免町・福岡粕屋店から移転)
2026/09/18:BOOKOFF 龍ケ崎店(茨城県龍ケ崎市・竜ヶ崎緑町店から移転)

(BOOKOFF SUPER BAZAAR 甲府貢川店)

ということで、実際に商業施設内の店舗が増えているのはおよそ事実と判断できます。
中にはBOOKOFF イオン橋本店やBOOKOFF SUPER BAZAAR 甲府貢川店のように中小規模の路面店2店を閉店したうえで「統合移転」の形で大型の1店舗を商業施設内にオープンさせた事例もあります。

しかし「商業施設」とはいえ、超大型のショッピングモールに入店した事例はあまり多くありません。
例えば「イオンモール」に入店しているブックオフは現状で以下の3店舗のみ。

BOOKOFF イオンモール成田店(2007年オープン)
BOOKOFF SUPER BAZAAR 258号イオン桑名店(2012年オープン)
BOOKOFF イオンモール大牟田店(2023年移転オープン)

(BOOKOFF SUPER BAZAAR 258号イオン桑名店)

ららぽーとTOKYO-BAYには入居していますが、ららぽーと本体ではなく「ビビッドスクエア」としてオープンしたものの、スカスカになっていたのを三井不動産が救済してららぽーとに無理くり編入した建物の方です。
アリオやゆめタウンに入っている事例も現状ありません。

ブックオフの商業施設内店舗は、「立派な複層型ショッピングモール」に入ることはあまり多くなく、駐車場の周りに平屋の店舗が並ぶタイプのショッピングモールや、郊外大型モールに客を取られて少し淋しくなった地方駅近くの中小商業施設の2階以上、郊外にできた馬鹿でかい家電量販店やホームセンターの店舗内に間借りするパターンが多めです。

要するに、古本やCD/DVDだけでなく、アパレルや電化製品等の多品種に対応するには手狭になったとか、単に店舗の建物が経年で老朽化したとかのブックオフ側の都合と、寂れている状況を立て直したいとか、床面積デカすぎて持て余している施設側の都合とが合致した結果ではないかなあ、と思っています。

2020年以降閉店した店舗は、上記の移転のためのものも含めると割と多くて118店舗ありましたので、実際最初に言った「そんなにシュリンクしていない」というのは、そこまでは言えないかもしれません。

とはいえ、移転せずに閉店しただけの事例は都市部の小型店舗が非常に多いので、総合リユース型の品揃えを行うには狭すぎ、広いところに移転しようにも都市部だとなかなか良い物件もなく、止むを得ず閉店のみというのはあると思います。

(BOOKOFF 中延駅前店・2025/3/31閉店)

一方、元々はブックオフと割と同じ業態だった「古本市場」は、総合リユースの方にはあまり気合いを入れて進まず、かわりに古本やCD/DVDの取り扱いをせずにゲーム/ホビー系の商材に絞った「ふるいち」業態に力を入れて、小型店舗をイオンモールにばんばん出店していますので、「自分自身を集客装置として扱ってもらおう」というブックオフと、「新品」を売るモール内の他店とバッティングを可能な限り避ける形の業態で、モール全体の集客力を最大限に活用しようという「ふるいち」と、根本的に企業としての方針が違うのでしょう。

そしてこちらも元々ブックオフと同じタイプの業態だった「ブックマーケット」も、現在はがんがん「駿河屋」に屋号を変更してゲーム/ホビー系専業に寄せていっておりまして、一昔前とは趣を完全に変えつつ、ただどの企業も必死だということは理解しております。

そりゃみんなして「推し活」「推し活」言います。
ただガッツリ行き過ぎた結果、人生の先も見通せないようになってしまったら元も子もありません。
「推し活」も、適度に楽しむ遊びです。自分にも言い聞かせる感じで。

TOMORA@東京ガーデンシアターのライブのこと

10/1はTOMORA@東京ガーデンシアター。

TOMORAはノルウェーのシンガーAuroraさんと、The Chemical Brothersの片割れTomさんのユニットです。

以前から日本のシンガーmiletさんは、頭がおかしいサウンドクリエイターと組んで、頭がおかしいアルバムを作るべきだと強弁してきましたが、Auroraさんにも同様の気持ちを持っていました。
稀有な音色を奏でることができる「声」というインストゥルメントをもっと破天荒に使用してほしいというか、それができればまた聴いたことのない音楽が聴けるというか。

たとえばBjorkさんは、世界一自分の「声」というインストゥルメントとしての希少性を破天荒に使用されている方だと思っています。

miletさんについては、2022年のサマーソニックのKula Shakerのステージに飛び入りして、「Govinda」を歌唱したのを聴けたときに、多少溜飲が下がった感はありまして、次はAuroraさんだと思ったら、このユニットの結成の報。Tomさんは「頭おかしい」タイプではないですが、でも通常を遥かに超えて「破天荒」にはなるだろうと期待をしておりまして。

果たしてアルバム「Come Closer」は音源としては十分に満足できる出来になっていましたが、こうなるとライブが観たい。でもそのためだけにフジロックは金銭的に厳しい、辛い。と思っていたら間を空けずに単独ライブ。そりゃ行くさ。行くとも。

ただ、本当にギリギリまでライブ告知は行われていて、あんまり入りがよくないのかとドキドキしながら入場したところ、ガーデンシアターの3段あるバルコニー席のうち、一番上の段は完全に布で覆われていて無人。ただし、そこより下はだいたい盛況という状況で、体感的にはあまり辛くならない感じの状況。

前座のDJ女子は、テクノ/エレクトロ系を中心にしつつ、ところどころにThe Chemical Brothers楽曲をぶっこんできて、いい感じにあっためてくれたところにTomさん登場。

「Ring The Alarm」だとわかった頃にAuroraさん登場、と思ったら、白いミニスカートに遠目からはルーズソックスにも見えないこともないファーのブーツを身につけた女性2人が飛び込んできて、割ときちんと「振り付け」を始める。

片方はAuroraさんなんですけど、もう一人は「Amalieさん」であると少し後に紹介されました。
サポートメンバーですが、もう完全に3人目の主役状態。
音源が相当にAuroraさんの声を多重録音されたブツであり、それを正しくライブ表現するという方向で考えると、これはすごく正しいと思いました。

本当にAuroraさんとAmalieさんは踊り跳ねまわり走りまわる。
もうそれですごくライブとして楽しいのですが、2人の声が音源以上にトラックと一体化して、総体として聴こえてくる音としての気持ちよさもエゲツない。

MCではAuroraさんが一生懸命日本語を話そうとして、一通り覚えたのを話し終えて満足したのか「んー、やったー!」と言うのも、途中でわからなくなって袖まで走っていってスタッフに確認しに行くのもずるいくらい可愛い。

振り付けとカワイイとガキガキのトラック。
ガチ本気の楽曲派アイドルデュオのライブを観ているような気持ちになってくる。すごくいい。

そして、これはフジロックの時にもやっていたみたいですが、心から感心したのがステージを映すカメラの存在。
通常、大規模なライブでステージをリアルタイムで大画面に映写する際、ステージ後方の表示領域までカメラの撮影範囲に入ってしまうと、鏡写しのように何重にも表示されてしまうわけで、通常のリアルタイム表示では「いかに鏡写しの状況を避けるか」に腐心しているきらいもあるわけですが、このライブでは真逆でした。

正面にステージに向けられた固定カメラがあり、リアルタイムの表示はそれが完全にメイン。
当然「鏡写し」状況は発生するのですが、照明を工夫したり更にリアルタイムにエフェクトをかけたりすることで、「鏡写しをかっこよく見せる」ことに成功。


成功というか、それがあることでよりライブが映えるような、そういうところにまで持ってきている。
これには割と本気で感動したし、これからのスタンダードにもなりえるのではないかと思った次第。


ということで、通常の「来日公演」とは相当に異なる感動をいただきました。
やっぱライブはいろいろ観た方がいい。無限に金が欲しい。

group_inouとRAYのライブのこと

22日はgroup_inou@恵比寿リキッドルーム。

2010年のアルバム「_」で知って以降、ライブ観たいと思ってはいたものの、何か彼らに限って出張やら他のライブやらと被り続きで行くことができず、そのまま2016年に活動休止してしまいました。
が、2023年に活動再開して今回ようやくです。

というか、本当はこの日はスピッツ主催でRideとTeenage Fanclubも出演する「ロク漫祭」が本命だったのですが、前売りチケット入手できなかったので。
「当日券が出る」という情報を目にした時には多少ぐらついたのですが、前売り取れなかったのは「今回お前はgroup_inouに行け」という啓示と捉えました。
こっちはこっちでソールドだったし。

で、今回のライブは新譜「YOU」のリリースライブだったのですが、この「YOU」が非常におかしなリリース形態を取っていまして。

7月31日に公式のXアカウントでいきなり「リリースしました」という告知、そしてそこに貼ってあったのはdropbox、Firestorage、そしてギガファイル便のURL。
要するに無料のファイルダウンロードで入手する形。

私がデザイナーさんからサイトのデザイン案いただく時と同じということです。
そして、現状でサブスクにはないという状況。何でやねん。
盤はライブ当日に会場の物販で行われる形。

「電子音は爆音で鳴らすと狂暴化する」ことは、昔クラブに行っていた時に知っていたので、当然それを期待していたのですが、相当にライブとしての肉体性がオンされているため、予想を遥かに超えて狂暴。歌詞は当然ありますが、意味以上に音への乗っかり方を重視しているため、その発声もまた狂暴化に貢献。

引きとか緩急とか全く気にしないゴリゴリ突貫なのも最高。
腰があまりよろしくなくなってきたので、もう昔のようには踊れないのですが、楽しくヘコヘコ動いてきました。


23日はRAY@VEATS SHIBUYA。

琴山しずくさんの卒業ライブ。
RAYのメンバーは普通に年齢まで公表しておりまして、しずくさんは先月に30歳を迎えました。たぶんそういう区切りなのではないか、と思っております。

とはいえ、グループ内で最も天真爛漫というか、圧倒的に「陽」の部分を担当しているというか、変態的な楽曲も多いRAYをきちんと「アイドル」たらしめてきた存在だと思っていますので、最後の雄姿はちゃんと観て、これ以降を追う際の「ものさし」にしなければ、という思いで。

実際、ダウナーだったりメランコリックな曲も多いRAYの楽曲の中でも、特にアッパーで明るい曲多めの、とても「らしい」選曲。しずくさんも本当に楽しそうだし、こっちも楽しい。
本当に一切湿っぽくならなかった卒業ライブでした。

本編終わってからのメッセージの時に涙を見せたのは、まあ仕方がないのだけど、そのまま拭うことなく満面の笑顔で「悔いなし、です! やりきりました!」と言った彼女はとても素敵でした。


両日、全く求めるモノは違いましたが、想像以上のモノを受け止められた、大変良いライブでした。ライブはいいぞ。

OASISの映画のこと

ぼーっとしているうちに上映期間が終わりそうになっていたので、雨の中調布のイオンシネマにOASISの映画を観に行ってきました。

表示の最後が「?」になっているのは、音引きを誤って罫線系の記号で入力した結果の文字化けではないかと推測。

OASISについては、1stアルバム聴いた時に「なかなかいいじゃん」くらいの気持ちでいた数か月後、シングル「Whatever」をぶち込まれて「何ぞこの名曲」と腰を抜かした者ですが、2ndアルバムでの来日公演は仕事が地獄だったため行けず(多分チケット取ろうとしても無理だったろうけど)、その後2005年の来日公演には行ったものの代々木第一体育館のアリーナの一番後ろから3列目という地獄席を引き当て、昨年の世界ツアーは一応日本公演にチャレンジして当然落選し、ただその後海外公演やリセールまでゴリゴリにぶっ込むほどではない、くらいの熱量。

それくらいの熱量の人間が観ても大変に楽しめました。
再集結からツアーまでの状況、そしてメンバーやオーディエンスがOASISや各楽曲にどう思いを重ねているのかを主なツアー会場ごとに綴っていく形のドキュメンタリーなので、所謂ライブフィルムではなく、そういう意味ではやや物足りなさもあるのですが、でもでかいスクリーンとでかい音で彼らのライブ演奏を食らうのはやっぱりすごくいいし、「なかなか」程度の感想だった1stアルバムの曲が、2005年に後ろの席からでもライブでは恐ろしく「化ける」ことがわかった、あの時の気持ちをきちんと思い出せました。

あとは、いろんな意味でボーンヘッド大活躍だなとか、字幕は楽曲の歌詞だけは原曲の英詞のみだったのがむしろよかったとか、2025年のツアーが発表された時にみんなが思った「いつまたやらかすかわからんから、ライブが始まるまで、いや終わるまで安心するな」という例の話題については、兄弟は間違いなく「大人」になっていて、そんな心配しなくてもいい状況にまで改善できていることが確認できてよかったとか、「大人」にはなったけど相変わらず「ファック」はファッキン連発しまくっているな、とか。

そして、映画のタイトルにもなっている「DON'T LOOK BACK IN ANGER」が、間違いなくこのドキュメンタリーの全体にかかっているテーマであり、今の世界情勢にも普遍的にかかっているテーマであると理解しました。

そうなんですよ。「DON'T LOOK BACK IN ANGER」ですよ。大事。

KAWAII LAB.のCD販売のこと

先日のこのニュースを見て。

CUTIE STREETのCD不法投棄が複数確認される デビュー2周年記念ライブ中の日本武道館で...販売は一時中止

昔からこういうのは全然変わらんなあと思いつつ、KAWAII LAB.系はSNSを最大限に活用はするものの、それは「最初のバズ」を既存メディアに依存しない形で発生させる、というところまでが肝だということで。

ネットである程度以上の認知が進んで既存メディアからも呼ばれるようになり露出が捗るようになって、それによってファン層が十分に拡大した後の「売上の最大化」については、これまでのアイドルグループとほぼ変わらない「CD大量販売」型のメソッドに収斂されていくのだと改めて認識した次第。

以下、きちんと観たり聴いたりしている方々は当然わかっていることだとは思うのですが、というか私も先日ちらっとFRUITS ZIPPERのCDの売上推移を見て薄らわかってはいたのですが、改めて並べて一覧化してみたいと思います。

■FRUITS ZIPPER
※楽曲の初配信は2022年4月。
2023/09「わたしの一番かわいいところ」(9種):5.5万枚(4位)
2024/09「NEW KAWAII/フルーツバスケット」(9種):6.4万枚(3位)
2025/05「KawaiiってMagic」(3種):24.8万枚(1位)
2025/10「はちゃめちゃわちゃライフ」(3種):35.8万枚(1位)
2026/07「ぱわーオブらぶ/センセーション」(3種):53.6万枚(1位)

■CANDY TUNE
※楽曲の初配信は2023年3月。
2024/08「キス・ミー・パティシエ」(4種):3.1万枚(9位)
2025/04「推し・好き・しんどい」(3種):7.2万枚(2位)
2026/04「HAPPY BOUNCE BIRTHDAY」(3種):16.9万枚(2位)

■SWEET STEADY
※楽曲の初配信は2024年3月。
2024/12「ぱじゃまぱーてぃー/ダイヤモンドデイズ」(3種):4.3万枚(2位)
2025/08「YAKIMOCHI/ぐっじょぶ!」(3種):5.2万枚(2位)
2026/03「SWEET STEP」(3種):13.6万枚(2位)
2026/08「気味が悪いんだからねっ」(1種):0.5万枚(12位)

■CUTIE STREET
※楽曲の初配信は2024年8月。
2024/11「かわいいだけじゃだめですか?」(3種):8.3万枚(3位)
2025/07「キューにストップできません!/ちきゅーめいくあっぷ計画」(3種):44.8万枚(2位)
2026/05「キュートなキューたい/ナイスだね」(5種):48.8万枚(1位)

■MORE STAR
※楽曲の初配信は2025年12月。
CDは未リリース。

FRUITS ZIPPERの「わたしの一番かわいいところ」は、配信では2022年4月にはリリースされ、それが夏頃にはSNSで盛り上がり始めていましたので、2023年のCDリリースは「満を持して」という感じでしたが、それ以降さらにメディアにガンガン露出して、Mステの初出演は2024年2月。

それ以降「KAWAII LAB.」としてのブランディングも並行して行い、後続のグループの初期認知や伸長にも大きく寄与し、わかりやすく一般層にまでバズった楽曲を持っていないSWEET STEADYでも、3月のシングルでは余裕で10万枚以上売り上げていますので、既にだいぶ行けている感じではあります。

というか、さしてファンでもない層にまで初めて届いた「バズった曲」よりも、その後リリースされた「ファン層以外にはリーチし切っていない曲」の方が売上としては圧倒的に高いという状況が、特典会等でCD販売数を最大化する手法によって発生しているわけです。


で、今回ニュースになったのはCUTIE STREETの武道館ライブ前に行われた「即売会」の際に起きた件なのですが、その即売会はライブ前に盤の即売会を行って、1200円購入ごとに1回抽選に参加でき、お見送り会参加券や直筆サイン入りグッズが当たるという仕様。

対象商品は最新シングルのみではなくデビュー以降の全ての盤で、確認してみると、たとえば2026年5月リリースの最新シングルはそれで別途「特典会」を行っていました。

ライブに行くくらい濃いファンの方は普通にリリース時やそのシングルの特典会に際して購入していますので、武道館での即売会は当然、抽選参加のみが目的の「買い増し」という形になります。
それ故、気合いの入った方の手元には結果として洒落にならない数の同じCDが残ることになるわけですが、でもその辺に捨てるのは絶対駄目です。違法です。

私の周りにも「買い増し」ないしは「箱買い」を行うタイプの人が数人いらっしゃいますが、彼と彼女から配布されるために、我が家にもそういうタイプのグループのCDが何枚かあったりします。
あと、会社のフロアの棚の上に同じCDが山盛り入った箱が「気になる方どうぞ」と置いてあったのは、見たことがあります。


遥か昔から、イベント等の開催によってCD売上数を積み上げる形の販売を行う事例は唸るほどあるわけですが、そういう形の「販売促進」は正味どうなんだろうか、とは思ってはいるものの、ただ、そういう「ミニライブ+特典会」を実施して販売する「拠点」になること前提でオープンした海老名や舞浜のタワーレコード店舗もあったりしますし、現状として男女問わずそういう形の販売を行うグループの存在によって「販売店や流通が生かされている」側面は多分にありますので、なかなか難しい気持ちにもなります。


あと、いくつかこういう特典会ページを見ていて気付いたのが、その対象CDの売り方の特徴。

全盛期のAKB48の個別握手会参加用の「劇場盤」販売窓口はキャラアニ.comで固定、AKB48の全国握手会や現在の坂道系は全国で販売されるCDに応募用シリアルナンバー封入されている形なのと比較すると、KAWAII LAB.は自前の販売基盤を持っているにもかかわらず、「特典会参加用CD」の販売窓口は、その時々のリリースによって外部のタワーレコードだったりHMVだったり楽天だったりのサイトに振り分けて、そのサイトで一括して行う形になっています。

これ、どういう条件やプロセスで販売サイトが決定されているのか、いろいろ想像してしまって大変に怖い気持ちになります。

SUMMER SONIC 2026での施設や運用のこと

2026年のサマーソニック(幕張)、例年通り会場や運用の変化とかを。

まず入口で「おお」と思う。
去年、エントランスのゲートが張りぼてみたいなみすぼらしさだったのがすごく気になっていたのですが、戻りました。去年は何だったんだ。
去年は立派な方を舞洲から万博記念公園に移った大阪の方に優先したのか。

まず今年一番大きかったのは、9-11にステージがなくなったこと。
昨年初めて幕張メッセの1から11まで、イベントホール以外の全てのホールを使用する形になり、ステージもひとつそちらに移動したのですが、今年またなくなりました。

時系列でいくと
2023まで:1-8のみ使用
2024:1-10まで使用(9-10ステージなし・11は別イベント)
2025:1-11全て使用(9-11にステージあり)
2026:1-11全て使用(9-11にステージなし)

これ、ステージをなくしたのは1-8の棟から9-11の棟に行くまでの通路が、昨年最大の混雑場所になっていたためではないか、と思っています。

まず、ここ数年のサマソニの「永遠の課題」は、フード等のスペースに人が多すぎなことでありまして。
最近積極的に招聘している日本人アクトには、STARTO社所属をはじめとして強力なファン層を持つ方々が多いのですが、そういうタイプのファンはお目当てを観て、あとは知らないわけじゃないからSaucy Dogとサカナクションは観ておこう、くらいの感じでそれ以外の時間は常にステージ前以外の場所で滞留します。
そのためにフードコート的な場所にあるテーブルが、いつまで経っても空かないという事態が発生するわけです。
それを散らすために様々な工夫を行ってはいるもののうまくいかない、というのがここ数年のサマソニです。

それに大ナタを振るったのが昨年、9-11にステージを設置し、HANAやDa-ice等、強力なファンダムを持っているタイプのミュージシャンを揃えるというプランでしたが、1-8と9-11の間にはさほど幅広くもない歩道橋というかデッキがあるのみで、それらのステージが終わったタイミングには、そのデッキがや出入り口付近が機能不全を起こすレベルで混雑するという新たな問題発生。

結果、今年はパシフィックステージは1-8に戻り、9-11は物販と休憩所と25周年記念の展示、あとお笑いやプロレスのステージ、という形に。

で、往来はずいぶんと楽になったのですが、やっぱりそれだけでは求心力が足りず、1-8内はいつも混雑、9-11は割とスカスカで、こちらに置かれたキッチンカーのフードはどれもさほど並ばずに利用可能という状況。

やっぱりバランスよく人間を散らすのは難しい。


そして今年、とても謎だったのはソニックステージの使い方。
このステージは、かつてはクリエイティブマンお勧めの洋楽の若手や、逆に洋楽好きおっさんおばさん歓喜の80-90年代が全盛期のバンドを配置していて、つまり「べらぼうに集客できるアクトは置かない」ことが前提のステージでした。

が、今年は何かおかしかった。
14日の女王蜂の時点でもうステージ後方の通路が通路の体を為さないレベルで混雑していて、それは恐らく直前に隣のアイナ・ジ・エンドが終わって、戻る人と、戻る途中でソニックを観ようと留まった人がぐちゃぐちゃになってしまったためだとは思うのですが、15日にはSaucy Dogや電気グルーヴ、16日にはBABYMETALと、ワンマンでアリーナクラスを動員できるアクトが何故かいる。

BABYMETALが始まる直前、マウンテンに向かおうとしたら、もうソニックの後ろの通路は通ることができず、メッセの外に一旦出ないと行けない状態で、外からソニックの後部を見たところ、もうメッセ内の通路どころか搬入口を越えて外にまで人がはみ出ている始末。

この状況が何とも解せないのですが、もしかしたらブッキングの時点では昨年同様パシフィックステージを9-11側に持っていく前提で行っていたのが、何らかの理由でできなくなり、改めて1-8内になったパシフィックとソニックの配分を見直した結果、こうせざるを得なくなったとか。

想像ですが、ハナからこういう状況を前提にしていたとは考えにくいので。


そして全体的に思ったのは「もうむしろ邦楽の方に期待している人の方が多い」のだな、ということ。

14日のマリン、BUMP OF CHICKENの方がその後のThe Strokesよりも明らかに人間が多かったし、15日のDavid Byrneは確かに盛り上がったものの、周りを見渡せば多少の隙間はあったのですが、その前のサカナクションはパンパンで完全に入場規制、また羊文学も入場規制かからなかったのが不思議なくらいの混雑で。

自分が観た限りでは圧倒的に邦楽が求められている状況。

もちろん、2000年代のラインナップと今を比較して「全然ダメじゃん」と言うつもりはないです。

ソニックステージは、上記の一部を除けば昔ながらのサマソニの空気感を保っていると思いますし、2010年代にどのような紆余曲折を経て、今のようなスタイルに落ち着いたのかも含めて見てきているつもりですし、失敗してスカスカだった年も見てきてますし。

そもそも、フジロックと比較して、毎年通う人を「フジロッカー」と呼ぶようなそういう文化がないというか、自分みたいな毎年通う人間がそもそもそんなにいないです。
会場にいても自分と同じ色のリストバンドを付けている人少ないですし。
変わり続けることが宿命のフェスです。だからこそ面白いと思っています。


ただ、それでも洋楽を呼んでほしい気持ちはあります。
特に、本国ではそれなりの人気を誇っているが日本での知名度が全くだったり、かつて人気だったが今はマイペースに活動しているようなバンド・ミュージシャンは、なかなかフェスでないと連れてこられないので。

アンケートの「今後サマソニでみたいアーティスト」欄には「O.M.D.」と書きました。
よろしくお願いします。

SUMMER SONIC 2026で観たメンツのこと

今年もサマーソニック、行ってきました。

前日の豪雨でどうなるもんかと思っていましたが、予定通り開催。
一部でもキャンセルしたとして、イベント保険の条件に当てはまるかどうかかなり微妙なところとは思いますので、できるのであればやる、ということでしょう。

行ってみたら、初日の朝の幕張本郷駅が京葉線の一部区間がまだ動いていなかったせいか、過去にそんなこと絶対になかったのにバス乗り場に長蛇の列ができていたこと、メッセとマリンの往来にある大通りの歩行者用アンダーパスが冠水していたこと、あと行ってないですがビーチステージへの道に巨大な水溜りができていて通り抜けに非常に時間がかかったこと、くらいが目に見えた問題点でしょうか。

観てよかったものをいくつか。

<1日目>
accusefive(告五人)
台湾の3人組バンド。台湾ではアリーナクラスの動員を誇っているそう。
非常にJ-POP的ではあるのですが、それとは微妙に違う感じの部分にときめく。自分が台湾のメロの機微が好きなのだと思います。
ちょこちょこ音源聴いていったのですが、まあこれが全然ダイナミズムが違う。
その化け方も気に入りました。
あと、小一時間観ただけで「ドラマーの人はお調子者だけどいいヤツ」ということはわかりました。

The Strokes
ライブは初めてでした。サマソニも彼らが出た年は行ってなくて。
自分にとって彼らは「えげつない1stアルバムをリリースしてしまい、その後はその存在と現在とに折り合いを付けるプロセスを継続している」と思いながらずっときました。

その1stも初めて聴いた時にはよく言われる「ロックンロールの回帰」とは思えなくて、もっと何というか「どこにもない異物」として捉えていました。

が、頭の3曲、最新作からの「Lonely In The Future」、1stの自分では「異物感」の権化のように捉えていた「Hard To Explain」、そしてまた最新作から、中でも「何じゃこりゃ」感が強かった「Going Shopping」が、あまりにもシームレスに奏でられた時、「やっぱバンドの音楽は生で聴かないとわからん」ことを強く思いました。

未だに「異物」的存在だとは思っていますが、でももう一度アルバムを通して聴かないといかんという必要性を感じています。


<2日目>
Father Of Peace
最高。陽キャのパーティー野郎がうっかりレッチリとその他オルタナとプログレを好きになってしまいました、みたいな音。
さらに曲によってはファンクとかではなく一時期のXTCとかSTUMPみたいなひねくれ系の「跳ね方」の気配も感じたり、とにかく一筋縄では行かないのに、とにかく明るい。

あんな陽のヴァイブスに満ち溢れた「21世紀のスキッツォイドマン」のカバーを私はかつて聴いたことがありません。
ありがとうございました!おつかれさまでした!


サカナクション
彼らくらい「ライブのたびに変わる」バンドもそうそういないと思っています。
冒頭「サンプル」はリアレンジというかあれだ、一郎くんがぶっ倒れていた時のUnderworldとの対バンで、4人でやったリアルタイムで楽曲にエフェクトをかけてリコンストラクション的な音像を紡ぎ出すスタイル。
あの時の4人編成は無駄ではなかったと思いたい。

「夜の踊り子」は急に注目されたタイミングなのでそうしたのか、ほぼ全編にわたってベースラインが更新されていて、より「踊れる」仕様に。

そしてやっと生で聴けた「怪獣」。こっちは凝った演出がない形で、これから何らか手を加えられていくのかもしれません。

たぶん現役のバンドで一番観ているバンドですが、まだ観たい。
が、チケットが当たらない。


David Byrne
確かにあれを他の「ライブ」と同じ土俵で並べて比較すれば、「一体感」とか「ダイナミズム」とかは不足気味ですので、気に入らないのもわからないことはないです。

「アメリカン・ユートピア」は「発明」だったと思っています。
ライブほど「生」で直接的でもなく、ミュージカル映画ほど大仰でフィクショナルでもなく、でも様々な「気になりごと」を音楽を通して、声高なステートメントにはせず、でもニュアンスとして深く伝えるための、彼なりの最も適切なスタイル。

その派生としての今回のサマソニ。
生で行うにあたって「深く伝える」ために必要な部分は通訳を通してでも確実に伝える。
それ以外はできるだけのアウトプットを行って、あとは受け手の感覚に任せる。

ラインナップとして発表されてからずっと「スペシャル・ゲスト」という肩書きが付いていたのは「(他のような)ライブをやるわけではないよ」ということだと、自分は理解しました。

「アメリカン・ユートピア」を鑑賞して「これを生で観られたら」と心から思っていた者としては、「あれ以上何を求めればいいんだ」レベルでした。


<3日目>

DECEMBER 10
そりゃ観ますよ。
大手が大金をかけて売り出すボーイ・バンドなんて、これからビッグになればすぐ容易には観られなくなるし、売れなきゃそれはそれで観られなくなるし。
メンバーにブラックやインド系がいるのも今っぽいし、ギターを弾いたりキーボード弾いたりドラムを叩くのも何かいい。
何より一生懸命感がすごくいい。

今後、この中からRobbie WilliamsやJustin Timberlakeのようなスターが出てきたら「俺、この時観たんだぜ」と威張り散らすことにします。楽しみです。


キタニタツヤ
本当はLE SSERAFIM観たかったんですけど、もうマリンまで行く体力が残っておらず、彼は正直ヒットした疾走感のある曲と、ケンティと踊っていた曲くらいしか知らないけど、誘われたので観たという感じだったのですが。これが素晴らしかった。

山下達郎・竹内まりや夫婦所属の少数精鋭事務所、スマイルカンパニー所属なためでしょう、バンドがエグいくらい上手い。彼の書くメロディの良さもあいまって、むしろミディアムな楽曲がグイグイ染みてくる。

ああ、聴いてなくてごめんなさい。アルバム聴きなおします。


JAMIROQUAI
この前のSuchmosもかっこよかったんですけど、「ファンクはもっと馬鹿でもええよ」と言わんばかりのどファンク大豊作祭り。キラキラでドバドバ。
正直、気持ちは最強に高揚しているのですが、体はもうくたびれ切っているので、首と尻だけへこへこ動く。でも動かざるを得ない。楽しい。

そして、観ているだけで疲れ切っている私を尻目に、年上なのに相変わらずキレキレに動く動く。
さらに「ニューアルバムできたので新曲やるよ」と言ってぶちかました「Disco Stays the Same」が、最強にキラキラでドバドバなのに参る。どうかしてる。

というわけで今の体力でフル3日間はギリギリだということがわかりました。
今後、サマソニの周年とかでまた3日間開催になった際には、2日間を選ぶか、これからめちゃめちゃ鍛えるか。

明日かあさってには毎度の運用とかについて。

新星堂「カルチェ5」が消滅すること

新星堂ですが、8月16日の営業を以ってカルチェ5柏店とリーフウォーク稲沢店が閉店します。

(カルチェ5柏店)
(リーフウォーク稲沢店)

この閉店で新星堂の全国の店舗網は20を切って19店となります。
300店舗を越えていた時代もありますので、それはそれで大変なことなのですが、今回は柏の「カルチェ5」の方にフォーカスしてみます。

今となっては打つ手なしの新星堂ですが、かつては様々な試みを行っておりました。
元々は高円寺の個人店として1949年に始まった新星堂、1990年代以降に外資系の店舗が新たに建設された郊外型モールに大挙して出店したことで、駅近のスーパーの小さなテナントがほとんどだった新星堂は雪崩のように業績が悪化した、というイメージですし、実際概ねそうなのですが、別に「CD/レコード販売」だけを危機感なくのんのんと行っていたわけではなく、というか外資系が入ってくる前からいろいろやってはいたのです。


1970年代には楽器部門の「ロックイン」、洋楽輸入盤等の通常店舗とは異なる品揃えを強化した「ディスクイン」等の別業態を立ち上げると同時に、スポーツ用品の販売、書籍販売等の店舗も出店して業態の多角化を進めていました。

そして、それらの業態を一挙に集めたメガストアを展開しようというのが「カルチェ5」の発想です。
Wikipediaには「音楽ソフト」「楽器」「書籍」「スポーツ用品」と「携帯電話販売」とありますが、「カルチェ5」の屋号が決まった頃「携帯電話販売」は民間には存在していないというか、まだ電電公社なのでありえません。
「音楽」と「映像」が別のカウントなのか何だったのか、とにかく5種類の業態が並んだ「カルチェ(フランス語で地区とか界隈的な意味)」という意味でしょう。

開店のタイミングは追えませんでしたが「カルチェ5」を冠した新星堂の店舗は以下の通り、のはず。

仙台店(2015年閉店)
青葉区中央2-4-2(閉店後、山野楽器に転換)

郡山店(2006年閉店)
中町11-2(ホテルグローバルビュー郡山1階)

宇都宮店(2009年閉店)
曲師町6-2(オリオン通り・現UBDCオリオン通り館)

高崎店(2006年閉店)
連雀町5(現駐車場?)

志木店(2001年、通常の新星堂に転換)
ららぽーと志木5階(2005年営業終了・現マンション)

ルミネ新宿店(2001年、通常の新星堂に転換)
西新宿1-1-5 ルミネ1の4階(2008年通常の新星堂も閉店)

八王子店(2001年、通常の新星堂に転換)
旭町9-1 東急スクエア6階(2013年通常の新星堂も閉店)

大垣店(2000年以前に閉店)

神戸店(2000年以前に閉店)

博多店(2001年、通常の新星堂に転換)
博多駅中央街2-1 福岡交通センタービル5階(2010年通常の新星堂も閉店)


柏店は1980年11月頃のオープンで、ずっと今と同じビルで営業していました。
ただ、現状で新星堂は2階の一部ですが、オープン当時は地上4階地下1階のビル全体が「カルチェ5」として営業していました。

上記の各店舗の流れを見るに、21世紀初頭には「カルチェ5」構想に限界を感じていたようには思えます。

2005年に宇都宮ララスクエア店がオープンした際、「書籍、音楽・映像ソフト、楽器、スポーツ...この4業種のコラボレーションによる文化・音楽関連商品を新しい切り口でご提案」と銘打ちつつ、通常の「新星堂」としてのオープンだったので、この頃には諦めていたことは間違いありません。

柏店も元々は
B1階:スポーツ用品
1階:音楽・映画ソフト
2階:楽器
3-4階:書籍

というビル全フロアを使った構成でしたが、2005年末頃にはスポーツ用品の取り扱いをやめ、2010年の8月には書籍取扱店が柏カルチェ5だけになり、1階のフロアを明け渡して音楽ソフト販売も2階に移動、2013年には楽器部門を山野楽器に売却。
書籍販売は2016年に3-4階の2フロア体制から3階の1フロアに縮小し、2018年に現在の形になるに至りました。

少しずつ縮小していって、そのたびにビルのフロアを明け渡し、最早「カルチェ5」でも何でもなくなっていたのに、何故か改名せずそのまま来てしまっていた、ということで。

ただ、郡山・宇都宮・高崎のあたりは、元々は駅近の繁華街の中にオープンしたはずが、その繁華街がみるみる衰退して如何ともし難くなってしまったのと比較して、柏店の周辺は今でもきちんと繁華街であることが、この年まで営業できた理由ではないかと思います。

新星堂はカルチェ5の立ち上げ以降も、いろいろトライしていました。

1984年には自社レーベル「オーマガトキ」を設立。クレプスキュールレーベルを日本に紹介したり、世界中の良盤やメジャーではないが優れたミュージシャン等を紹介していましたが、2013年に日本コロムビアに売却。

1980年代半ばには新宿NSビルにライブハウス「ミノトール」をオープン。
オーマガトキ所属のミュージシャンのライブ会場としても使用していました。1998年に新宿NSビルから撤退し、1999年に「ミノトール2」として靖国通りのビルの地下に移転。
こちらは2019年まで営業していましたが、移転の前後には新星堂の資本からは外れていたようです。

1990年には渋谷駅地下に雑貨ショップを併設したラジオ用スタジオ「KATAKURICO渋谷」をオープンし、1990年から1998年まで東京FMで月金の帯放送を行っていました。
1998年3月末を以って放送は終了し、スタジオは閉鎖されましたが、放送のない土日に大学の放送研究会に開放したことから始まった、大学の放送系研究会の団体「KATAKURICO」は今も続いているそうです。


1993年:相模原市の16号線沿い、横浜線古淵駅からの徒歩圏にオープンした商業施設ビーズウォークに、インポートアパレル・雑貨と音楽関連商品を融合した店舗「SOMEONE」をオープンさせました。
ビーズウォークは2003年に全館閉店しましたが、「SOMEONE」はそれ以前、21世紀になる前には閉店していた模様。

これは「SOMEONE」の業態自体がどうこうというより、ビーズウォークが1993年5月にオープンした3か月足らず後にすぐ近くに双方それなりの規模のジャスコとイトーヨーカドーが同時オープンするという、地獄のような展開があったせいだと思います。

新星堂自体、そのイトーヨーカドーにも通常の新星堂の店舗を出していたので、知ったこっちゃありませんが。


ということで、新星堂は今に至るまでサボっていたわけではなく、様々なトライをしていたことは間違いないのですが、ただそれが悉くうまくいかなかったからの今でありまして。

まあ、元々駅ナカや駅近の中型ショッピングセンターにさほど大きくない店舗を山ほど抱えていた新星堂に対し、大店法の廃止とそれに伴って次々にオープンした郊外の巨大モールに中型以上の店舗を何のしがらみもなくガンガン出店していった外資系と。

要するに新星堂は「超強力なライバルの上陸」だけでなく「地域の商業エリアが、縄張りにしていた駅周辺から郊外へすごい勢いで移行」という、ものすごいダブルパンチを同時に食らったわけで。

逆に言えば、そのパンチを食らい続けて四半世紀経ってまだ生き残っている、という時点ですごいのです。


ただ、ここまで弱ったチェーンの公式サイトをニラニラと観察し続けた自分には、今の新星堂サイトに気になる点が。

これまでは各店舗が閉店する際には律義に閉店情報を「お知らせ」欄に出していたのですが、今回の2店舗の閉店については出ていないこと。
こういう「サイト運用で今までやっていたことをしなくなった」場合、過去の他チェーンの事例では予後があんまりよくないんですよ。

いや、今回については今出ている唯一のお知らせ「当社ネットワークへの不正アクセスによるシステム障害について」のせいで、とても通常の運用を行っている場合じゃないから、だと思います。そうであって。そしてシステム障害直って。

首都圏ローカルのレンタルチェーン「ドラマ」が消滅したこと

今やDVD/CDレンタルという業態は斜陽も斜陽、ピーク時には全国で13,000店舗以上あったのが、現在はゲオが837店舗、TSUTAYAが616店舗、ビデオ1や三洋堂書店等の他を全部足しても約1,500程度という状況です。

首都圏にもかつてはいくつものチェーンがありました。
TSUTAYAに吸収された組としては、全国チェーンのサンホームビデオ、その他リバティ、アーク、オルモ等。
ゲオに吸収された組としては、関東等広域チェーンのファミリーブック、その他ウェアハウス、アール、ムービーズ等。
最後までどちらにも吸収されないまま頑張って力尽きたのが、ピープル、ノーサイド等。

そして今月、ギリギリまで独立した形で踏ん張っていた首都圏ローカルのレンタルチェーン「ドラマ」が、8月2日、相模原市の淵野辺店の閉店を以って消滅しました。
これで関東1都6県にTSUTAYAとゲオ以外のレンタルDVD店はなくなりました。

土曜に赴くと撤収の作業中。


下北沢や高円寺を拠点に生活していた方々にとっては、「DVDを借りに行く」=「ドラマに行く」だった方も多かったのではないかと思います。

とはいえ、下北沢のレンタル店は2019年に、高円寺のレンタル店は2023年にそれぞれ完全撤退していますので、「まだ生きとったんかいワレ」的な気持ちになられる方も多いかと。

過去10年のレンタル店舗の撤収の具合を並べてみると

2017/05/07:ドラマ 笹塚店(東京都渋谷区)
2017/08/31:ドラマ 吉祥寺サンロード店(東京都武蔵野市)
2017/10/15:ドラマ めじろ台店(東京都八王子市)
2017/10/22:ドラマ 楢原店(東京都八王子市)
2019/01/27:ドラマ 下北沢レンタル店(東京都世田谷区)
2019/11/04:ドラマ 祖師ヶ谷大蔵店(東京都世田谷区)
2020/05/06:ドラマ 高倉店(東京都八王子市)
2023/08/13:ドラマ 高円寺庚申通り店(東京都杉並区)
2023/09/10:ドラマ 星ヶ丘店(神奈川県相模原市中央区)
2023/09/30:ドラマ 日野南平店(東京都日野市)
2024/01/31:ドラマ 二本松店(神奈川県相模原市緑区)
2026/08/02:ドラマ 淵野辺店(神奈川県相模原市中央区)

こんな感じで、最大で30店舗規模の店舗網を誇っていたのが徐々に縮小し、高円寺の閉店以降は首都圏の西の方の数軒で細々と経営していたのが、2024年になってからは淵野辺の1店舗のみとなり、更にレンタルの床面積を縮小してトレカ等を増強する形で延命を図っていたのですが、ここで命脈尽きました。


とはいえ、下北沢にはまだ「ドラマ」の看板を掲げて商売をしている店舗があります。
中古盤屋フラッシュディスクランチの下のフロアとか数軒のゲームセンターがまだ「ドラマ」の屋号で営業中。

株式会社ドラマは、割と初期からレンタルや中古CD/DVD販売を中心とした「ホームエンター部門」とゲームセンター運営の「アミューズメント部門」、リユースの「お宝部門」の3部門体制で企業としての運営を行っていたのですが、「お宝部門」は一旦収束したものの、2012年に古着に特化した店舗を下北沢の南口商店街に「DO STYLE」の屋号でオープンし、その後拡大しています。

そしてアミューズメント部門については、2025年時点での7店舗を大手のGiGOに吸収分割の形で運営権を移譲し、株式会社ドラマの手を離れたのですが、うち下北沢の3店舗についてはそれでも現状で「ドラマ」の屋号のまま運営を続けている形。

そして今回、ホームエンター部門が実質的に消滅ということになりましたので、現在の株式会社ドラマはDO STYLEの運営と、2013年から始めたアニメコラボ店舗「プリンセスカフェ」の運営が2大事業、ということになります。


世の中にはヘルスケア・エレクトロニクス部門を新たに事業の柱にした富士フイルムや、半導体絶縁体ABFをもうひとつの主力事業にした味の素のような、華々しく新規事業をドライブしている企業がありますし、近しいところでは完全にリユース部門を伸長させているゲオのような企業もありますが、ドラマのように恐ろしく地味なところで新たな業態を伸ばして生き延びる企業もあるということで。

というか、ピープルとかノーサイドが割と地味に、しかし確実に死んでしまったのと比較すると、どういう形であれ生き延びる企業はかっこいいです。

ただ下北沢は、小田急の地下化以降の街の再開発によってどうこうの以前に、何かお店が潰れると次はすごい確率で古着屋が入ってどうにも古着屋ばっかり多すぎな状況の方が、いろいろ問題としては根が深いような気もします。

SUPER EIGHT「ダンダーラ」とCMソングのこと

SUPER EIGHTの新曲「ダンダーラ」が、割と彼ららしくはっちゃけまくっている曲で、気になったのですが。

旧ジャニーズ勢のMVもリリース前から普通にフルヴァージョンが公開されるようになりましたなあ、という感慨を抱きつつ、この曲を書いたのは誰だと確認したら山本加津彦氏。

西野カナの「パッ」「手をつなぐ理由」といったシングル楽曲、またAKB48、乃木坂46、欅坂46あたりのシングルのカップリング曲の作曲を手がけている方です。

割としっとり目の曲が多い人が何でこんな曲を、と思ったのですが、コンペか何かで楽曲のテーマに合わせて、自分の「置きにいきがち」なところから思い切り外してチャレンジしてみたところ、うまくいったとかでしょうか。よいことです。


問題は、シングル表題曲にしてカラオケDAMのCMソングとしてタイアップが付いているこの曲で、MVの冒頭で「ダンダーラ」の英字綴りとして「DAMDARAH」と表示され、かつ詞は直接的にそう言ってなくても完全に「みんなカラオケに行きましょう」的なニュアンスでしか捉えられない内容であること。

要するに近年はなかなか接することがなかった「企業/サービス名を盛り込んだコテコテのオリジナルCMソング」が出てきた、ということになります。


CMソングは、最近は替え歌にもなっていない適当にもほどがある詞を、既存のよく知られたメロディに乗せるという、非常に安易なものが多いのですが、そんな中でも制作されるオリジナルCMソングはだいたい3つのパターンに分かれます。

1.完全に企業名/商品サービス名を盛り込んだもの
2.直接企業名/商品サービス名は盛り込まれていないが、それらをイメージして書き下ろされたもの
3.書き下ろしではない楽曲をCMに用いるもの

うち、1.はベタなものを挙げると、「明るいナショナル」や「かに道楽」等、三木鶏郎やキダ・タローが手がけたものに代表される、ものすごくわかりやすいヤツです。

この手の楽曲は、ノベルティでソノシートが配布されたとか、後に企画盤として音源化されたことはあるものの、ほとんどは一般に販売されてヒット曲になるようなタイプのものではありません。

少ない中で一般に楽曲としてレコードがリリースされた最初(と思われる)事例は、ジェリー藤尾の「ヤング・セブン(若い虹)」ではないかと。
東芝のポータブルラジオ「ヤング・セブン」のCMソングです。もちろんレーベルは東芝レコード。

リリースはされましたが、「めちゃくちゃヒットした」という情報は拾えませんでした。
当時のジェリー藤尾はこの当時歌手として2年目の乗っている時期のはずで、それなりに数は出たとは思うのですが。


2.は、「CMソングの元祖」と言われている曲、CBCラジオ放送の小西六(後のコニカ)の提供番組内で1951年に披露された、灰田勝彦の「僕はアマチュア・カメラマン」(この曲も三木鶏郎作ですが)が、まさに企業名も商品名も出てこないが、あからさまに「写真を撮ること、カメラを持つことの楽しさ」を訴える曲になっています。

そしてこの曲は放送での反響を受けてシングルレコードとしてリリースされ、ヒットしています。

また、フランク永井の大ヒット曲「有楽町で逢いましょう」は、1957年のそごう百貨店有楽町店オープンのキャンペーン用に制作された楽曲です。


このパターンで最も有名なのは、1970年代後半から1980年代にかけての、資生堂・カネボウといった化粧品会社による季節ごとのキャンペーンソングではないかと思います。
制作段階から企業側の意向が入っているものと、そうでない場合もありそうですが、明らかに入っているものとしては

1979:ツイスト「燃えろいい女」(資生堂・夏)

1979:桑名正博「セクシャルバイオレットNo.1」(カネボウ・秋)

1984:松田聖子「Rock'n Rouge」(カネボウ・春)

1988:工藤静香「MUGO・ん…色っぽい」(カネボウ・秋)

ここらへん。クライアントの要望によって、タイトルや歌詞をCMのキャッチフレーズと合わせる形で制作されるというパターンが多い感じです。


3.はまあ、いろいろあると思います。近年で著名なバンド・ミュージシャンの新曲がCM起用される場合はこのパターンが多く、特にそのミュージシャンの新譜がもうすぐ出ますよ、というタイミングでそれらに収録される新曲がCM起用されるとかの事例が多いです。

そんなに近年でなくても、B'zの初期、深夜にやたらめったら流れていた「三貴カメリアダイアモンド」CMで使用された楽曲の数々もこのパターンではないかと思います。


で、「ダンダーラ」はギリですが「1」に入るパターンであり、本来的にはあんまり音源としてリリースされたり、さらにヒットしたりするものではありません。

シングルとしてヒットした代表例は、1980年にリリースされた矢沢永吉の「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」。
「ザ・ベストテン」とか、コカ・コーラ社以外の飲料企業がスポンサーだった番組では民放でもタイトルすら紹介されなかった伝説の楽曲です。

また、レア事例としては、1981年、ホンダの「シティ」のCMソング、UKのツートーンバンドMadnessの「In The City」。この曲は井上大輔氏の作曲なので、完全に日本国内のCM企画としての楽曲。
日本では本人たち出演のCMともども割と話題になりヒットしましたが、UKでは結局別楽曲のシングルのB面でリリースされた楽曲です。


その他「1」パターンでヒットした楽曲としては、以下あたりが挙げられます。

1989:牛若丸三郎太(時任三郎)「勇気のしるし~リゲインのテーマ~」

1990:鷲尾いさ子と鉄骨娘「鉄骨娘」

1995:小沢健二「カローラIIにのって」

いずれも元々CDリリースする予定はなく、CM放映後の反響を受けてCDとしてリリースされたものです。ちょうど8cmCD規格が発売されて以降の「CDバブル期」でもありましたので、売らない理由もありません。

なので、すっかりCDも売れなくなったこの時期に、しかもCM放映開始とほぼ同時にMVも発表され、CDも本日リリースで、間違いなくヒットするであろうSUPER EIGHTの今回のパターンは、永ちゃん以来の相当レアな事例なのではないかと思います。

永ちゃんと同様、JOYSOUNDがスポンサード、もしくは番組協力している番組には出演できないかもしれませんが、そこらへん既に交通整理は済んでいるのではないかと思います。

というか、楽曲の正式タイトルがカタカナで、「DAM」入りの英字綴りをあからさまにしているのはMVだけというのは、まさにそれ対策であり、MVさえ使用しなければJOYSOUNDでも大丈夫、というか既にJOYSOUNDにも楽曲登録されてました。


そもそも各企業、昔ほど販促費をテレビに割くような時代でもなくなった中、ここまできちんといろいろ仕込んで「タイアップ」する事例が今後どれだけ出てくるのか、と考えると、本当にこれ最後の事例かもしれません。


<追記>
KATSUMIの「It's my JAL」(1991)、ご指摘いただきました。あった。忘れてました。最高位3位。

また、なにわ男子が今年になって、「通常盤のみのカップリング曲」ではありますが、スギ薬局の50周年キャンペーンソング「スキスギ」をリリースしていることも教えていただきました。
もしかしてSTARTO社、そういう作戦なのか。