3776「歳時記」のこと

静岡県富士宮市のローカル・アイドル、と普通に言っていいのかどうかもわからなくなった3776のニューアルバム。即興曲によるライブとか、LINKモードとか、「井出ちよの」名義の作品とか、どっちかといえば怒涛気味の活動は継続していたのですが、3776名義のオリジナル・アルバムとしては4年半ぶりという、アイドルとしてはいささか頭のおかしいタイムスケールでリリースされた作品です。

前作「3776を聴かない理由があるとすれば」は「怪作」と呼ぶにふさわしいアルバムだったのですが、果たしてそれを軽く凌駕する「怪」っぷりです。
これをどう言葉で表していいのか正味わからんのですが、トラック名と曲の長さでそのヤバさがある程度伝わるかと思います。

01.睦月一拍子へ調(6:12)
02.如月二拍子嬰へ調(5:48)
03.弥生三拍子ト調(6:12)
04.卯月四拍子嬰ト調(6:00)
05.皐月五拍子イ調(6:12)
06.水無月六拍子嬰イ調(6:00)
07.文月七拍子ロ調(6:12)
08.葉月八拍子ハ調(6:12)
09.長月九拍子嬰ハ調(6:00)
10.神無月十拍子二調(6:12)
11.霜月十一拍子嬰二調(6:00)
12.師走十二拍子ホ調(6:12)

具体的に説明すると、2時間を1秒として正しく1年を刻み、1か月進むごとに拍子がひとつ増えキーが半音上がるベース・トラックの上にシングル「歳時記」シリーズで発表された楽曲や新曲、童謡などがコラージュのように乗っかる。

言ってみればそれだけなのですが、このトラックの区切りもほぼキューポイントとして付いているだけで、実際にはノンストップの73分12秒の1曲として捉えた方がいい展開。
前作で1から3776までアルバム通してずっとカウントアップし続けていたちよのさんですが、今回も1月1日から12月31日までカウントし続けていますし、その他諸々ものすごい情報量がほぼ全体を支配していて、その全体像はどうにも言葉にできない。ただただ怒涛のカオス。

そもそもこんなことをなぜ思い付けるのか、よしんば思い付いたとして、なぜ完成させてしまうのか。そしてなぜそんな無茶なアイデアの数々で支配され混沌としたこのアルバムがこんなに気持ちよく聴けてしまうのか。

稀代の変態コンポーザー石田彰氏と、稀代の独自キャラクター井出ちよの。この2人が出会い、最初はちゃんとしたアイドル・グループだったのが他メンバーが抜けてちよのさんだけが残った。
いろいろな活動を模索し、その模索自体がだいたい頭おかしかったわけですが、結果として4年半かけて「3776を聴かない理由があるとすれば」からブレのない、むしろその無茶さをスケールアップさせた怪作をきちんと出してくる。

運命なのか奇跡なのかわからんけれど、とりあえず我々はこのアルバムを聴くことができます。アイドルの音源として出てくるような音楽ではないかもしれないけれど、でもアイドルというフォーマットがあったからこそ作れた音かもしれないこの謎のブツを。アルバムという形態が死にかけた時代に、過去に類を見ないレベルで「アルバム」然としたこの化け物のようなブツを。
幸せなことだと思います。割と本気で。


以下の映像は一応収録曲のライブ映像ですが、収録のされっぷりはこんなもんじゃないです。