トクマルシューゴ2年半ぶり新曲をCD、配信、ソノシートで発売

ソノシート! 超欲しい!
今家にあるソノシートは、人生の「LOVE」のおまけソノシートと、同じく人生の「顔として…」本体(LPはソノシートの購入特典)の、屁の音一発収録されている奴だけです。

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まあ、成立しちゃったわけで、津田くんとかは結局「審議しましたよ」という既成事実作りに使われちゃっただけのような感じですが、それでも言ったことは残ります。今後どうなるのか、近い将来蓋を開けてみた時にその「言ったこと」の意味はかなり重いんじゃないかと思っています。

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「Facebookミュージックはすでにある。Spotifyだ」

FacebookとSpotfyの状況は今こうなっているという話。
これを読みながら、日本の業界の人達は「売上が減った分を何とかして回復させてもっとお金儲けがしたい」のではなくて、「著作物を完全に自己の配下に置いてコントロールできる状態にしておかないと気が済まない」のだろうなあと思った。自分の物じゃないのに。あれだ、ベタなマンガの「こ、これは俺のものだ! 誰にも渡さねえぞ!」的なそんな感じ。マンガでこういうセリフを吐いた人物はその後そんなにもたずに死んじゃうんですけど、今の日本のレコード会社にもそんなフラグが立ってるような気がする。

本当にお金が欲しくてたまらないだけなのなら、どんな未知のアクションであってもお金の匂いがすればそこへ突っ込んでいくだろう。でもそれを決してしようとはしない。
彼らは怖いんだ。世の中が自分のイメージの遙か彼方に動いていっていることを認識できず、何も見えない状態になり、周りの人全てを敵だと思っている。だから顧客ですら敵扱いし、法と罰で縛ろうとするのかなと。

今のまま業界団体内で話を合わせながら「護送船団方式」的に足並み揃えて行くのであれば、およそ先は見えている。抜け駆けしてでも俺は生き延びてやるという会社、出てこないのだろうか。もしそれを業界団体や他企業が何らかの方法で邪魔したり不利益を与えるのであれば、それこそ罰するべき「違法行為」になるのだし。

考えてみれば、CDバブル期は主にテレビ、つまりフロー型コンテンツから視聴者が特定のミュージシャンをピックアップし、それがストック型に移行する形で人気を博して長期的に人気を維持する形だったわけですが、今はそのフロー型コンテンツに対する信頼が失われ、その「移行」がまったくうまくいっていない状況。
先日の「au うたパス」も、ある意味フロー型コンテンツの復活を期したものとも捉えることができますが、如何せんターゲットの嗜好とのマッチングがどう考えてもうまくいかないであろうことが容易に想像できるわけで。Spotfyも日本のマーケティングずっこけたらほぼ同じ道かと思いますが、Facebookのソーシャル的な部分をきちんと生かして回していければ狙ったターゲット層にハマりそうな気もします。

問題は日本のレーベルが概ねこのような必ずしもコントローラブルではないこういうサービスを嫌がっているところと、俺が全くピンと来なくてFacebookすごい勢いで放置中なところ。