昨夜は渋谷AXでももクロ×かまってちゃんのライブ。こういう食い合せの悪いジョイントは大好物なのですが今回、ももクロに完全にやられてしまいました。
ひとことで言えば「衝撃」。

1曲目「Chai Maxx」。
最初のポージングが逆光の中シルエットで浮かび上がる。もうその時点で絵面として反則。振付も歌詞も元ネタがドリフという、およそアイドルにあるまじき楽曲なのですが、それが一度ステージに乗ってしまうとそのすべてがプラスに作用するという恐ろしい現象を目の当たりにするわけですよ。何なんだこいつらは。

2曲目「ココ★ナツ」。この曲はサビが狂っている。
「盛り上がる」という目的一点に絞り込んだ結果、サビの歌詞は極限までミニマム化され大変に酷いことになり、それに伴う振付も、冷静に観察したら馬鹿にしか見えない。でも、あの空気の中で見てしまうと狙い通りにとてつもなくアガるんだよ。ものすごい勢いで。

もうこの時点で明らかにとんでもないものを観ていることに気付く。
これは俺がこれまでに見たことのない種類の何かだ。
可愛い女の子はそれ以上可愛く見せようとしなくても十分に可愛いわけで、だったら意識的に可愛く見せようとしていた分の個々人のリソースを別のところに回そうという発想で、更にそれをひとつのベクトルに集中させて突き詰めたらこんな大変なことになった。そんな感じだろうか。

すさまじい運動量のまま、前半MC一切入れずに7曲30分ノンストップというとんでもない構成だったため、6曲目・7曲目でMCに入らずに曲開始のスタンバイに入った時には会場中から驚きのざわめきが上がる。彼女たちも肩で息をしている。それでも次の瞬間曲が始まり、彼女たちがぱっと踊り始めた時のその場の空気。あの瞬間、彼女たちは完全に会場中を従えていた。
あんな空気、バンドのライブでも滅多に感じられないよ。
ライブ終了後、ファンの子達の会話を横で聞いてたんですが、7曲目の時点で「むしろこっちの方が緩んでしまった」みたいなことを言っていた。
ももクロ完全勝利。完全制圧。

最後の「走れ!」ではもう何かこみ上げてきて泣きそうになる。いい曲だけど、楽曲単体で即涙腺に来るようなものではないのに。
自分のこれまでの経験で言えば、野田秀樹の夢の遊民社の「半神」を見ていて、台詞の意味が難解すぎて全く何を言ってるのかわからないのにもかかわらず、クライマックスシーンで涙が溢れて止まらなかった、あのときに近い。メッセージとかイデオロギーとか、「意味」の一切関係ないところでの完全にピュアなエネルギーの放出。それに巻き込まれ、心を打たれたとしか思えない。


アイドルのライブは「祝祭の空間」であると誰かが言っていた。彼女たち自身もMCでこれは「お祭り」であると言っていた。まさにそういうことで。
日本のお祭りもいろいろあって、のんびりと楽しく踊ったりするものもあれば、なかば人生かけてテンション上げて山車に特攻するような祭りもあるわけで。ももクロのこれは、むしろ後者のお祭りに近い。
彼女たちは言ってみれば、その特攻祭りを司るシャーマン的な存在であり、自ら「入って」いって、全身全霊で祭事にあたらない限り場は成り立たない。だからこそあんな磁場が生まれ、我々はそこに思う存分乗っかれる。
そして、本気で「入れ」なくなってしまった早見あかりは、周囲の思いに関わらず、その時点であの場から去らざるを得ないのだ、ということがようやく感覚で理解できた。

とりあえず、何かいろいろと謝ります。ごめん。ももクロ、めちゃくちゃすごいです。
非常ににわかで申し訳ないのですが、4/10の中野サンプラザの先行、申し込みを突っ込まさせていただきました。


かまってちゃんは見慣れてしまうと、いつも通りのライブ。
いつも通りマイペースすぎるの子と、時折の子以上に凶悪になるMONOと、あまり喋らないけど口を開くと意外に重要な突っ込みだったりするちばぎんと、一生懸命MCに参加しようと口を挟むんだけど、だいたいの場合最後まで喋らせてもらえないみさこ。
一点大きな違いがあるとすれば、ももクロの「かなこおー」のコールのイントネーションで「のこおー」のコールが起きていたことくらいか。非常に機嫌もよさげで、彼らにしてはつつがなく終了したライブですが、それでもアンコールラスト「夕方のピアノ」の「死ねよ佐藤」の合唱で大盛り上がりという絵は、やっぱり狂気以外の何者でもない。

「Chai Maxx」Music Video (web ver.)

「ココ☆ナツ」@Tokyo Idol Festival 2010

「走れ!」@Tokyo Idol Festival 2010