沢田研二@NHKホールのライブのこと

11日のライブ初めは「観に行けるうちに観ておけ」シリーズ、沢田研二@NHKホール。
ド平日に16時開場17時開演という地獄のような設定、会社ぶっちぎって向かうと、ホールには続々とかつて少女だった方々が吸い込まれていきます。

ツアーは27日まで続きますので内容の詳細はやめときますが、芸能生活50周年ツアーですから期待通りヒット曲連発。
さすがに詳しい記憶はありませんが、ジュリーは「自分が物心ついて初めて知ったミュージシャン」のひとりであることは確実なわけで、そりゃあんた幼少の身に主に「8時だヨ!全員集合」で刻み込まれた名曲の数々、「勝手にしやがれ」とか「サムライ」とか生で聴いたら泣きそうにもなります。風貌こそ大分ふくよかになってはいますが、声はほぼ衰え知らずのほぼ当時のまま。
もう幼少期のいろんなところまでえぐられるような一夜でした。まあ17時始まりの2時間半、飲んで帰っても22時前には家帰れましたけど。

しかし考えてみればジュリーは日本のバンド黎明期にデビューして、日本最初期の、そんな言葉が生まれるずっと前からのヴィジュアル系のスターであり、つまりNHKホールに集っていたお姉さま方は日本最初期の、そんな言葉が生まれるずっと前からのバンギャだった方々です。ていうかこの会場に駆けつけているということはいまだ現役であるわけです。オバンギャ通り越してババンギャですよ。
50年経ってそれでも「ジュリー」であり続けようとする男と、そんな男を最大で半世紀支え続ける女性たち。そこからは双方の「覚悟」が垣間見えます。もうどっちにもリスペクトしかありません。

かといって悲壮感のようなものは何もなく、もはやそれは「お約束」ではあるのでしょうが、タイガース時代の「君だけに愛を」の「きみだけにー」の後にGS全盛期のような「キャー!」という嬌声が入ったりとか、もう本当に楽しく美しく完成された現場でした。

一点大変驚いたのが、物販がまるでないこと。パンフもTシャツもタオルも、本当に売っているものが何ひとつない。
いろいろ考えて、企画してデザインして発注して受け取って在庫管理する、何個作るかの想定ミスって過剰在庫背負う、そこらあたりの人件費・管理費、そして在庫リスクを総合的に考慮した結果「作らない」という判断に至ったという線もあるかもしれませんが、それよりも何よりも「グッズ買うくらいのお金があるならコンサートに2回3回と足を運んでほしい」ということではないかと。

ジュリーは昔はナベプロ所属ですが、現在は「ココロ・コーポレーション」という自前の事務所で全てを取り回しています。で、コンサート本編で使用されていた映像も、MCから察するにどうやらジュリーが自分で編集していたり、彼が歌唱中に上着を脱いでも誰もスタッフが袖から受け取りに出てこなかったり、とにかくできるだけ人手を使わずに運営しようという意図がコンサート本編からでさえ見え隠れします。
そしてこのコンサート日程の「大きな興行会社にまとめて委託してなさ」。話のつくホールではそのホール自体の企画公演にし、東京近郊の公演は自分の事務所で全部取り回し、とにかく運営コストを下げに行く。この素晴らしきDIY精神。

更に日程をよく見ると、結構な割合で大都市圏に公演が集中しています。
東京都心の大箱はNHKホール合計4公演と国際フォーラム1公演ですが、23区内でも大田区と江東区、都下まで入れると八王子市、町田市、多摩市、武蔵野市。日帰りできそうな埼玉・千葉・神奈川まで入れると全66公演中20公演が首都圏内での公演ということになります。大阪近郊も京阪神以外に岸和田とか三田とか。17時開始という設定も、サラリーマンのことなんか考えていないのはもちろんですが「往復日帰りできる範囲の最大化」であろうと、自分の中では結論を出しました。
お金・時間・来やすさ。考えうる限りの全ての策でもって、何度も来てくれるお客様を最大化しているのでは、と。

1曲終わるたびに「ありがとう、ありがとね」と言い、とにかく何かあるたびに深く頭を下げるジュリーを見ながら、そりゃ長年そして何度もステージを観に来てくれる人にはそれくらいしたくなるよね、三波春夫の精神の真の後継者はジュリーなんじゃないかな、と思った次第。

<追記>
ツアー初期、刈谷には物販があったというご報告をいただきました。
やはり「在庫リスク」の観点もそれなりにあったのかもしれません。