水谷&木梨 旅番組で武豊訪問 夫人の佐野量子さん20年ぶりTV出演
日本アイドル3大玉の輿は、佐野量子、畠田理恵、里田まいで恐らく異論は出ないのではないでしょうか。全員アイドル期がひっそり気味なところがむしろポイント。
水谷麻里は玉の輿だったのかどうか未だに判断ができない。高井麻巳子は実質最強ですが、ここは「業界人が手を出した」パターンの最強事例の方に収めておきたい気持ち。
「実業家と結婚」の場合、何故か大半が胡散臭い関係なので後々に加護ちゃんのようになったりする。そっち方面の最強は「アイドル枠」からは微妙に外れますが谷村有美がガチ。
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Mステ10時間で一般投票による名曲ベスト100みたいな企画を番組内でやっていて、1位「世界で一つだけの花」2位「上を向いて歩こう」3位「川の流れのように」となっておりまして、まあ投票層を考えれば妥当なところだったんですが、「川の流れのように」が出た時にふと以前友人ととんねるずの話をしていたことを思い出しまして。
その話の要点は、とんねるずのビクター時代の2ndアルバム「仏滅そだち」は80年代の歌謡曲アルバムの中では相当に優秀なアルバムだよね、ということで、そのアルバムはアイドル歌謡もどきから演歌もどきからチェッカーズもどきから、当時のありとあらゆる大衆音楽をパロディとして聴かせる風の作りになっているのですが、作家は全曲秋元康作詞、見岳章(元・一風堂)作曲編曲のため、アルバムとしての変な統一感もあって。
で、「川の流れのように」はその秋元康作詞、見岳章作曲編曲の楽曲。美空ひばりが生前とんねるずと親交が深く、その繋がりでこうなったと思われますが、その、とんねるず楽曲も含めての流れで考えればこの曲が大ヒットしたということはつまり「フェイクが本物を越えた」ということであり。
これって結構日本の大衆音楽の重要な局面だと捉えることもできて。この曲は1989年1月リリース。森高千里の「非実力派宣言」も1989年。その後小室が洋楽の最新ダンスミュージックにニューミュージック的な解釈を与えることで大ヒットしたり、フェイクが本物を侵食して生まれた結果が、今に至る「J-POP」の正体であるとも言えるんじゃないかと。
1989年はアメリカではPixiesが「Doolittle」をリリースし、Nirvanaがデビューした年。イギリスではThe Stone Rosesが1stアルバムを、Happy Mondaysが「W.F.L.」をリリースした年。米英ともそれ以降のミュージック・シーンの大きなうねりの兆候になった年ですが、日本も地味にそうだったと言えるのではないかと。そういうことにしておこうよ。