ディスクユニオンのベストアルバムストアのこと

「ベストアルバム」というのはここまでミュージシャン諸氏にとっては「おいしい」ビジネスでした。入門としてほどよく売れるという点は当然、新曲1-2曲制作したら後は既存曲で済んでしまうという点での費用対効果も抜群です。
まあ、ベスト盤出せるようになるまで頑張れたことがまずすごいわけで、そういう意味では「ご褒美」的な側面もあったり。レーベルとの契約終了の引導だったりもするものの。

そういう「いい感じ」の存在であったはずのベスト盤ですが、サブスク・ストリーミング上等の世の中になった結果、既存曲を編集するというのは「プレイリスト」の役割になりました。
実際Apple Musicなんかだとちょっとしたミュージシャンには「はじめての〇〇」というベスト盤的プレイリストが割と目立つ位置にぶら下がっていたり、何となれば自分で勝手に好きな曲並べて「俺ベスト」を作成するのも一瞬。
正味、徐々にパッケージとしての「ベストアルバム」というものの存在意義が薄れつつある、そんなタイミングでディスクユニオンが新宿に7月9日「ベストアルバム専門ストア」を開店するというので、見てきました。

元々ディスクユニオンの中古ストアは紀伊国屋ビルの上の方にあったのですが、その隣に新しくビルができまして、そのビルの3階を1フロア借り切って「中古センター」「クラシック館」「収納ストア」とともに「ベストアルバム」専門のフロアがあるという形。

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「セカンドハンズ店」が紀伊国屋ビルの上の方に入る前は、その新しくできたビルの前にそこに建っていたビルの中にあったりといろいろ面倒なのですが。

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エレベーターで3階に上がると、フロアのメインはあくまでもクラシックと中古で、ベストアルバムストアはさほど大きい面積を割いたものではありませんでした。
CDメインで割とジャンル分けは大きめ、日本についてはほぼ完全に「日本」という括りであとは五十音順なので、J-POPも演歌もフォークも歌謡曲も一緒くた。水前寺清子とSUPERCARがほぼ隣り合うように並んでいるのはある意味新鮮です。
サザンの「バラッド」シリーズとか、アナログの方には日本で勝手に編集したビーチボーイズのヒット曲4曲収録のEP盤とかもあり、厳密な「ベスト盤」だけでなく、そういう「単独ミュージシャンの自曲による編集盤」であればOKくらいの括りになっています。

The ピーズの、敢えてそういうタイトルを付けたオリジナルアルバム「グレイテスト・ヒッツVol.1」「グレイテスト・ヒッツVol.2」も本当のベスト盤「ブッチーメリー」の横に並んでいたのはこれは止むを得ないというか、そういうタイトルを付けたThe ピーズが悪い。

この前代未聞の専門店の意図は何か考えてみたのですが、よく考えれば、音楽パッケージを初めて手にする際の入口のハードルを下げる、そんな役割を担えるのではないかと思います。
悪く考えれば、CDの社会的寿命がそろそろしんどくなってきて、急激に需要がシュリンクしそうな現在、割と潤沢に中古在庫があるベスト盤をうまいこと捌くための手段という側面はないのか、とかも思ったりします。
何にせよ、この「ベストアルバムストア」は、クラシック館や中古センターほどに長く続けていく業態ではないのだろうなあ、という気はしています。

ただ、ディスクユニオン。3月に渋谷のdiskunion ROCK in TOKYOをオープンした時もそうだったんですけど、新築のビルの、他の階はまだ工事中の中、無理やり自分とこのフロアだけつんのめり気味にオープンさせているのが、だからそれも「今」を逃すとビジネス的にヤバいってことなのではないかと。

「ガールズバンド」のこと

昨日の「マツコの知らない世界」で、SHOW-YAの寺田恵子さんと、Mary's Blood/NEMOPHILAのSAKIさんを迎えて「ガールズバンド」を特集していたのでぼんやりと眺めていたところ、いろいろ思いついたのでちょいちょいTwitterに流していたのですが、いったんまとめてみようと思いまして、書きます。

まず冒頭ですごく違和感を感じたのが、2人が口をそろえて「今のガールズバンドは売れない、不遇である」と言っていたこと。自分の感覚では、確かにプリプリやSHOW-YAレベルのビッグネームこそいないものの、日本のバンドシーン史上で今が最も数多く様々なガールズバンドが存在して活躍していると思っていたので。
ただ、番組を観ていくうちに何となくその違和感の理由が何となく理解できまして。

番組でもざっくり日本のガールズバンドの歴史を流していましたが、少なくともメジャーデビューした「全員が女性」のバンドでは最古のガールズは当然紹介されたのですが、そこからおよそプリプリ・SHOW-YAの時代まですっ飛んでしまいました。
その間にメジャーデビューしたバンドでざっと思いつくだけでもガールズバンドの実質的パイオニア的存在であるZELDAやタンゴ・ヨーロッパがいて、プリプリ・SHOW-YAと同時期のバンドでもGO-BANG'SやNav Katzeがいたはずなのですが、そこはスルー。
当然80年代インディーズの赤痢とかキャ→とかパパイヤパラノイアなど出てくるはずもなく。

ただ、その後今に至るガールズバンドの歴史で、ZELDAとプリプリ/SHOW-YAに匹敵するレベルの一大転換点だったと思っているチャットモンチーが「技巧派」としてさらっと流され、更に新時代のバンドの紹介フリップでは、寺田さんがよくご存じのHR/HM系のバンドとそれ以外でぱっつり分けられていたのを見て、そこでようやく何となく理解。

チャットモンチーはガールズバンド全体で捉えれば「転換点」ではなく「新しい起点」だったのだなあと。

SHOW-YAは元々寺田さんのソロだったはずのものをバンドとしてのデビューを勝ち取ったものの更にデビューしてもポップス路線を強要されるなど、ブレイクするまで辛酸を舐め続けてきた存在。
同僚プリプリも元々はアイドルバンドとしてデビューさせられ、もがきつつ自分のスタイルでのヒットを勝ち取ったわけで、そういう初期方針に持っていこうとする制作陣の男性との対立や元々男性中心のコミュニティであったバンド界隈での軋轢を乗り越えてここまできた、そういう人たち。
時には寺田さん曰く「あざとさ」と称した「敢えて女性性を押し出す」ことも躊躇せず、がむしゃらにポジションを勝ち取ったことには彼女たち自身相当な自負もあるでしょう。そりゃ「戦いの歴史」とか「男に負けないギター早弾き」とかテロップで出したくもなります。

一方チャットモンチーが特別だったのは、その「普通」さ。「女だてら」感もなければ「あざとさ」も皆無、見たくれでは上昇志向さえもうかがえないレベル、少なくとも「対立」「VS 男」的な匂いを一切させない異常なほどのフラットさでした。
それは今考えれば、彼女たちが徳島の出身で、東京や大阪のアマチュアシーンで揉まれ、その結果ギラついたりすることもあまりないままメジャーデビューまで行ってしまったことも大きいと思いますが、結果としてそういうスタイル・佇まいが時代の女の子に刺さり、それ以降のガールズバンドの定型のひとつになっていくわけです。

だからそれは「揉まれてなんぼ」で「対立」上等のそれ以前のガールズバンドとは全く別の形であって、でも昔からのスタイルのガールズバンドもそれ以前から今に至るまで存在し続けていて、その2つの線はあまり馴染むことも重なることもなく併存する形になったということで、だからチャットモンチーは「転換点」ではなくあくまでも「新しい起点」であったと、そう思ったのです。

今やシーンのメインはチャットモンチー以降になってはいるけれど、今回の番組はその、昔から存在している方のガールズバンド界隈の方々が出演し、その目線から過去から現在のガールズバンドを俯瞰した結果、ああいう構成の番組になったと考えると非常に合点がいったのです。納得した。
番組で紹介されなかった過去のバンドにしても、寺田さんがZELDAやGO-BANG'Sと仲いいということはあんまり想像できないし(実際NAONのYAONにもメンバーソロ含めて出演歴なし)、妥当ではないかと。いわんやSuper Junky Monkey。

もう一つ思ったのは、CHAIの「NEOかわいい」という宣言は、それ要するに寺田さん言うところの「あざとさ」からの決別というか、男目線の価値観からの脱却という側面もありますので、そしてそういう意識のありようはチャットモンチー以降とも異なっているので、これもしかしたら「3つめの起点」が今作られようとしているのではないか、ということ。

「マツコの知らない世界」は、自分では珍しく録画している番組で、いろいろ突っ込み入れながら観ているのですが、今回もそうしつつ、でもいろいろ自分の中の理解が整理されて非常にためになりました。ありがとうございます。
ただ、このままもう少し時間がたつと寺田さんが「ガールズバンド界の内田裕也さん」みたいになりそうな気がして、それはいいのか悪いのか本当に判断できない。

池袋西武の山野楽器が閉店すること

何かお店の話が続きますが、ニュースがだらだら出てくるので仕方がない。
今回は、山野楽器 西武池袋店が8月下旬で閉店するという話。

池袋駅東口と山野楽器といえば、往年のレコードディガーな皆様ならみんな大好きパルコのオンステージ・ヤマノ。
外資系やWAVEが拡大するまで、ここまで大規模に「掘れる」輸入レコード店もなかったわけで。いや、私は1980年代はだいたい四日市市在住なので後から聞く話だけですけど。

およその流れをたどってみると、1980年代までは、西武百貨店に西武グループの標準型レコード店のディスクポート、パルコにはオンステージ・ヤマノと通常業態の山野楽器池袋パルコ店のダブル店舗体制。

1995年頃、元々は外部のビルに入居していたWAVEが、西武百貨店に入ってディスクポート名義からWAVEに変更されます。
2003年3月にはパルコ内の2つの店舗が合体してオンステージ・ヤマノ一店舗体制になるのですが、その年の末にはその店舗も閉店し、いったん山野楽器は池袋から姿を消すと同時にパルコ本館からCD店がなくなります。

まあ言うても1994年以降パルコの別館的位置付けのP'PARCOができて、そこに元々南池袋の路面にあったタワーレコードが移転してきてきれいな店舗で国内盤も扱い始めてブイブイ言わせたこともありまして、山野楽器は一店舗体制後の評判があまりよろしくないこともあり、そんなタワレコに勝てずそのまま閉店という形。

その後WAVEの経営状況がみるみるおかしくなり、西武グループからも離脱、2009年の初めに池袋からの撤退を余儀なくされるのですが(その夏には企業として破産)、そのWAVEが飛んで突如空いた穴を埋めたのが山野楽器。戻ってきました。ついに西武百貨店の方で営業を行う形になります。
でもそんな救世主的存在だったはずの山野楽器なのですが、2009年頃にはCD自体がいよいよ斜陽になりつつあったこともあり、しばらくもたたずに鬼っ子状態、2015年には百貨店本館から南の外れの方にある別館に移転します。
それ以降、正味すごい細々感のある店舗で営業していたのですが、それも遂にこの夏で終わるということです。

ということで「池袋駅東口の壁っぽいあたりのレコ屋」の流れですが、まとめとして年表っぽくしてみます。

-1994
西武百貨店:ディスクポート
パルコ:オンステージ&山野楽器

1994-
西武百貨店:ディスクポート
パルコ:オンステージ&山野楽器
P'PARCO:タワーレコード

1995-
西武百貨店:WAVE
パルコ:オンステージ&山野楽器
P'PARCO:タワーレコード

2003-
西武百貨店:WAVE
パルコ:オンステージ
P'PARCO:タワーレコード

2004-
西武百貨店:WAVE
P'PARCO:タワーレコード

2009-
西武百貨店:山野楽器(本館8階)
P'PARCO:タワーレコード

2015-
西武百貨店:山野楽器(別館B1階)
P'PARCO:タワーレコード

2021-
P'PARCO:タワーレコード

この山野楽器の閉店で、池袋駅東口近辺に残るのはタワーレコードのみということですが、正味タワレコも規模を縮小していて、渋谷や新宿と比較するとかなりしんどい感じでありまして。
東口その他は、サンシャイン通りのHMVは速攻で撤退し(現在はBOOKOFF)、サンシャインシティでオープンしたり移転したり閉店したりを繰り返していた新星堂はこの2月に完全閉店、V系専門店になる前はHR/HM系の洋楽も扱っていたBrand Xは夜逃げ、TSUTAYAも2店舗潰れ、タワレコ以外で残っているのはディスクユニオンと、最近駅近から微妙に外れた場所に移転して「東口」って言っていいのかわからなくなった老舗レコ屋のだるまや。

西口は、いくつかあった中古屋も消え、レコードも扱っていた古書店八勝堂も閉店。残っているのは東武百貨店で孤高の営業を続ける五番街と、メトロポリタンプラザ→ルミネ→エソラと、移転するたびに小さくなっていくHMVと、西口の中古レコード担当ココナッツ・ディスク。レンタルはロサ会館のTSUTAYA。
いや本当にこれくらいですよ、今の池袋。

というか、派手な再開発はないのですが、地味にいろいろ変わっている池袋。個人的にはサンシャイン通りのデニーズが閉店したのがキツいです。俺的待ち合わせのメッカだったもので。

札幌大通と福岡天神のTSUTAYAが閉店すること

立て続けに閉店の報。札幌市のTSUTAYA 札幌大通と、福岡市のTSUTAYA 天神ショッパーズ福岡が7月31日で閉店。
札幌市街はJR札幌駅の高架下に、福岡市街は中州に一応店舗は残っているものの、両都市ともその市街地域での旗艦店と言っていい方の大型店が逝ってしまいます。
いよいよ各地方の拠点都市の繁華街からも撤退です。

東京都心でCD/DVD取扱店舗はSHIBUYA TSUTAYAと池袋ロサ店(レンタルのみ)、名古屋は名駅新幹線口そばの名古屋駅西店は「都市の中心部」と言っていいのかどうか微妙、大阪はTSUTAYA EBISUBASHI(販売のみ)とあべの橋店。
三大都市でこのレベル。ほかの政令指定都市クラスを見ても、神戸市ではTSUTAYA三宮店が2020年4月に閉店しています。

他の政令指定都市もさらってみると、仙台市、さいたま市(大宮)、川崎市、横浜市、静岡市、堺市には主要駅の徒歩圏に店舗はあるものの、正味「大型」と言えるレベルの店舗ではなく、千葉市、新潟市、浜松市、岡山市はそもそもここ十年以上旧市街地徒歩圏に店舗なし。
相模原市はどこが市の中心地なのかよくわかりませんが、実質的には町田駅界隈とすれば西友の中にあるものの、厳密に市内で考えれば相模大野は駅前とは言えない立地ですし、橋本駅の店舗はこの2月に閉店。
正味、大都市圏繁華街で地域の旗艦店として機能しているのはSHIBUYA TSUTAYAとTSUTAYA EBISUBASHI以外には、熊本市の蔦屋書店 熊本三年坂だけなんじゃないかと思います。

というか、政令指定都市とはいえ、新潟・浜松・岡山あたりはもう主要駅周りや旧市街地を「繁華街」と呼んでいいのか迷ってしまうところもありますし、他の都市のほとんども大なり小なりそういう方向に進んでいます。
CD/DVDのニーズ状況はもちろん、TSUTAYAの方針もありますが、それだけではなくその都市なりの構造や人口の動向や開発の方針等の状況の方にもいろいろあるわけで。

だから、他の都市のTSUTAYAが様々な要因はあるものの総じてずいずい整理する方に向かっている中で、瀕死の地場チェーンのフタバ図書に出資して街の中心部や駅前を含んだ旧フタバ図書の店舗を、今年になって続々とTSUTAYA化している広島市は、やっぱりよくわかんないんですよ。
でかい蔦屋書店作ったんだから、それでいいんじゃないかと思うんだけど。

新星堂が杉並区から消滅すること

新星堂阿佐ヶ谷店がこの8月末で閉店と発表されました。
正式には「音楽のある生活 by SHINSEIDO」という名義で、CD/DVDは店舗床面積の半分以下、残りで雑貨やアクセサリー等を扱っている、正直よくわからない店だったので、正直さもありなんという気はしなくもないのですが。

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新星堂は元々高円寺で1949年にオープンした個人店舗が発祥。その後法人化された際には本社を荻窪に置く等、杉並区中央線沿線はいわば本拠地。
1970年代にダイエーやイトーヨーカ堂が大型スーパーを出店する際の専門店テナントとして入り込むことに成功したり、1987年に国鉄がJRに移管した後に立ち上げられたリテール部門にも入り込んで駅ビルや高架下の商業施設に出店することで、爆発的に店舗網を拡大していきます。

ただそれは両刃の剣でもありまして。
駅の商業施設は当然ですが、1970-80年代にできた大型スーパーも、巨大団地のそばとかを除けば割と駅近の立地が多めです。
それが大店法の緩和によってトイザらスと一緒に外資系のCD店もやってきて、都心の一部の店舗を除けば、その支店は大店法の緩和によって日本全国の郊外にぼこぼこでき始めた大型ショッピングモールに入ることになります。

かくして日本全国小売商業のシフト転換が発生し、それまでは駅近辺の商業施設等の「一等地」に出店することで圧倒的なアドバンテージを得ていた新星堂は、そのアドバンテージが故に1990年代以降ずいずいとしんどくなっていくわけです。

それでも人口が多く鉄道利用の割合も大きい大都市近郊では駅近店舗を維持していたのですが、CDが売れなくなった2000年代後半あたりからはそれも徐々に厳しくなっていき、杉並区の店舗も以下の通り閉店していきます。

新星堂 高円寺北口店(-199?)
新星堂 高円寺レコード(-2010)
新星堂 阿佐ヶ谷店(-2021)
新星堂 荻窪タウンセブン店(-?)
新星堂 荻窪店(-?)
新星堂 荻窪ルミネ店(-2012)
新星堂 荻窪天沼店(-2012)
新星堂 西荻窪店(-2010)

荻窪店は本社併設の店舗で、確か荻窪天沼店と営業期間は被っていないはずですが、それでもこれだけあったのが遂に全部消滅です。
というか、新星堂に限らずCD店が多くあったはずの杉並区、西荻窪の高架下にあったゴトウレコードも2019年に閉店、久我山のツツ井サウンドは先日見に行ったら更地になっていたりして、現在阿佐ヶ谷店以外の区内で「新譜CD」を購入できるのは浜田山のTSUTAYAに少し並んでいるのだけっぽくて、杉並中央線沿線民は新宿か吉祥寺まで行く必要があります(高円寺を中心に中古店はまだ結構ありますが)。

ただ、言うても数分おきに来る電車で10-15分行けば潤沢にまだ店舗があるというのは、今の日本では割と恵まれている方、ということになりましょうか。
今の世の中的にはもはや何が恵まれているかもよくわかんねえ、という状況だとしてもだ。

上白石萌音「あの歌」のこと

上白石萌音と佐藤栞里の2人ロケ映像は、現代のテレビ番組界において、動物の赤ちゃん映像に次ぐレベルの破壊力を持っているのではないかと思っているのですが、そんな上白石萌音のカバーアルバムがリリースされました。

70年代の楽曲を収めた盤80-90年代の楽曲を収めた盤の2枚同時発売、全21曲。
70年代の方は全曲鳥山雄司氏の編曲、80-90年代の方は大橋トリオ・清塚信也・GLIM SPANKY・n-buna(ヨルシカ)・河野伸・遠山哲朗という布陣の編曲。
この80-90年代の方のメンツが気になって聴いてみた次第です。

が、正味のところ、皆さん「仕事しました」の範疇ですね、これ。
いろいろ趣味的な音世界をちょいちょい入れ込んではいるのですが、萌音さんの声質がすさまじくフラットで癖がないのでどんな曲でも違和感はない代わりに、エゲツないアレンジを乗せるとアレンジの方が圧倒的に優勝してしまって「上白石萌音のアルバム」にならなくなってしまう、というあたりを考慮した制作者の意図を通した結果のアウトプットがこれ、ということなのでしょう。

だったらFishmansは「いかれたBABY」よりも「Orange」あたりの曲の方が合っていたのではないかとか、面倒くさいことを考えたりもしつつ、通して聴いた結果、最強だったのは80-90年代の方で唯一プロモーション用の文章に名前が載っていなかった遠山哲朗氏アレンジの「まちぶせ」。
この曲が80-90年代の方に入っていることに違和感があるっちゃあるのですが、歌詞の主人公の女性のヤバさをなんとなく感じさせる、不穏さを表現したような刻むギターとパーカッションの入り方が最高です。

で、上白石(姉)は本名名義でこのようにリリースしているのですが、上白石(妹)の方は歌手活動するときの名義は「adieu」ということになっていて、これ妹だからって何気に酷くないか、虐げられているのではないかと一瞬思ったんですけど、ライトリスナー目線で改めて考えたら、「上白石萌歌」と「上白石萌音」のCDが店頭で並んでいたら確かにちょっと困ることもあるのではないかと。
ユーザーフレンドリーな姉妹。

あゆみくりかまき@EX THEATERのライブのこと

19日土曜日、3人組アイドルグループあゆみくりかまきの解散ライブ。

正味のところ、彼女たちくらいわかりやすく大変な思いをし続けたグループもなかなかいませんでした。
ただ売れなくて終わりなのであればそれだけの話なのですが、彼女たちの場合は一度は勢いに乗り、このまま突き抜けるかと思わせただけに。

当時はラウドロック系のサウンドのアイドルがまだ珍しかったこともあって、3人組として活動を始めた2014年頃から目に見えて勢いづいて。

自分が観たことのある彼女たちのライブで最強だったのは2015年のSUMMER SONIC。
SUMMER SONICはフードコートエリアの小さなステージでアイドルのライブをずっとやっていたりもするのですが、2015年の彼女たちは全体で2番目にデカいMOUNTAIN STAGEのオープニングアクトとしての出場。
正規の一番手はGENERATIONS from EXILE TRIBEだったため、開場早々最前付近は女子ファンの場所取りで埋められ済みという、これ以上なかなか想像もできないレベルのアウェイ状態でのライブ。
それでも臆することなく挑み、会場ブチ上がりとまではいけずとも、鬼気迫るパフォーマンスできっちり場を作って去っていった彼女たちは本当にかっこよかったのです。

2016年の1stアルバムも素晴らしい出来で、この調子でいけば野望として掲げていた「武道館でのワンマンライブ」も、もう少し頑張れば行けるんじゃないかと思っていたのですが、その頃にはラウドロック系のサウンドのアイドルグループはそれこそ雨後の筍状態。
彼女たちのような「ラウドだけどアイドルソングの範疇」ではなく、より本格的なバンドサウンドを引っ提げてガチなトラックで歌うグループがボコボコと出てきて、中でもBiSHはすごい勢いで勢力を伸ばしてあっという間に追い抜いていきました。

「ラウド」推しのアドバンテージを失った彼女たちはかくして1stアルバム以降迷走を始めます。お笑いタレントに作詞を委ねたり、「ラウド」とは呼べないサウンドや、ちょっと泣ける感じのメロディに行ってみたり。
曲単体としてはよいものもあるのですが、グループとしてのアイデンティティはどんどん希薄になっていき、思うように動員も増えなくなっていきます。
2017年10月の段階でキャパ1600のEX THEATERも埋められず、結局武道館ライブも発表できず、それ以降突破口を探りながら何とか活動継続していたものの、他のアイドルグループと同様にコロナ禍でいよいよ先が見えなくなって彼女たちも、ということだと思います。

そしてラストライブ。
2017年10月に埋められなかったEX THEATERが埋まるというなかなか皮肉な状況ではあるのですが、それでも3人は湿っぽくなることなく、いつも通りの間違いなく誠実なパフォーマンス。
三者三様のアイドルとしての可愛さもあるし、歌えるし、勢いのあるステージングだし、本当に良いグループだとは思うのですが、もうそういう資質や多少のコンセプト程度では生きられなくなっているのが今のアイドルシーンなのだということもなんとなく感じてしまい。
ただ、これまでは単体としてはいい曲もあるものの、流れとしてはあんまり好きではなかった「泣け歌」系の楽曲が、こういうセンチメンタルな状況に乗っかると抜群に響いてくるのは、いいのか悪いのか。
それでもやっぱり自分は「WAR CRY」から「KILLA TUNE」の、1stアルバム収録のゴリゴリのラウド系楽曲の流れがやっぱり一番アガるわけで、正直こういうのばっかり聴いていたい気持ちにもなります。
終盤でようやくちょっとセンチになりつつも、でも彼女たちらしさは最後まで失うことなくライブを終えて去っていったわけですが、これ以降「アーティスト活動も終了する予定」ということではあるものの、あゆみはバンドのヴォーカリストになれば抜群だと思いますし、くりかはそのあざと可愛さでタレント業やっていけると思いますし、まきは正統派女優顔ですのでそっち方面で何とかならないかと思います。
ラストシングルのタイトルは「サチアレ!」ですが、それ本当にお前らがそれだよ、と思わずにはいられません。

で、アイドル界隈の大きな問題は、彼女たちのような所謂「中堅」あたりのグループが本当にいなくなっていること。
TIFや@JAM EXPOの、一番大きなステージのお昼頃とか、2番目のステージのトリまわりを担えるくらいの塩梅のグループがすごい勢いで解散しまくっています。
というか、AKB坂道・ハロプロ・スターダスト・WACKという四天王以外のグループの勢いが本当にシオシオになっていて、結局金なのかという気持ちにもなります。
どこか何とか「下剋上」的なグループが出てきてくれないかと、割と本気で思います。

映画「アメリカン・ユートピア」のこと

金曜日の晩、ようやくデヴィッド・バーンの「アメリカン・ユートピア」を観てまいりました。
珍しくムビチケですけど前売りまで買っていたのが、いろいろ予定や気分が合わずにいたところを、仲間がSNSで「観た!」「観た!」と言うのを見て自分も気合いを入れて半休取って、「AMERICAN UTOPIA」のアルバム聴きなおして「STOP MAKING SENSE」のDVDを見返して、万全の気分で乗り込んだわけですが。

正直もっと映画専用に演出されているものとばかり思っていたのですが、これ普通にコンサートフィルムじゃないですか。カメラ位置とか実際いろいろ普通ではないのですが、ぼさっと見る限りでは。
でもだからこそライブ観てる気持ちになれるというか、これ実際生で観たら割と死ねるレベルのエゲツないライブですね。映像だから何とか正気を保っていられましたが。
演者のマーチングバンド的な動き自体はよく見れば雑なところもあるわけですが、そこはそれ専門ではないのでそんなに求めちゃいけないわけで、でも照明演出でキメを作ったり、ダンサーの2名がきっちり場にハメに行ったりするおかげで全体的な印象に一切雑さがないのが素敵。すごい計算ずくなのでしょうが、でもすごい。

で、直前に「STOP MAKING SENSE」を予習だか復習だかわかんないけど見ていたこともあり、またクレジットの「Special Thanks」にJonathan Demmeの名前があったこともあり、やっぱり比べてしまうのですけど、冒頭からの人物の増えっぷりは「STOP MAKING SENSE」の流れと近しいのですが、パフォーマンスが乗る「場」の作りについてはむしろ逆のタイムラインになっているのは、これ意図的なのかどうなのか。

この「アメリカン・ユートピア」は、無線の音質や精度の向上とか、高性能なイヤモニとか、照明用のセンサーとか、そういう1980年代にはなかった技術によってはじめて成立しうる世界であり、単純にどこまで比較すべきかどうかすらわからんのですけど、まあそういう考え方で面白がるのもアリということで。言うても映画ですから。

あとは自分のSNS、ほぼリアル友人限定の方ではすごい勢いで「観た!」「2回目観た!」という報告が上がってきて、そこだけだと「鬼滅の刃」並みの大ヒット映画に見えるのはやはり何とかしたほうがいいとは思うものの、でも自分がそういうソサエティの人間であることは否定のしようもなく、甘んじて受け入れる次第。

そういう友人と飲んでる時にやるネタで「海外のミュージシャン、日本で例えると誰?」というのが割と盛り上がるのですが、この映画のデヴィッド・バーンについて友人の一人曰く「似ているかどうかはわからないけど、日本でこれに近しいことができるのは、30年後の星野源くらい」という意見には割と賛成です。

もうしばらくして、世間が落ち着いてまた大人数で酒盛りができるようになった暁には、立川かどっかで改めて「極音上映」をしていただき、それにSNSの仲間まとめて馳せ参じ、観終わった足でWINS周辺の居酒屋あたりにかち込んでそういう生産性の低い話ばかりをしたいものです。
実際本来はそういうのに最も適した映画だと思うんですよ、これ。

閉店した物件に居抜きで入店した店舗のこと

ここんとこブログの更新が滞っているのは、正直コロナ禍以降の気分の問題なのですが、他には可処分時間の相当を開店閉店メモの方に費やしているから、というのもあります。
フォーマットとしての「完成」のイメージができつつあるのですが、恐らくそれには頑張っても数年以上かかりそうで、できるだけ作業してるところで。
現在は2018年までの項目に写真かストリートビューと、地図の埋め込みがおよそ終わったところです。
そういうことで、ストリートビューを死ぬほど見ているのですが、それでいろいろ気になったことをまとめます。

国道沿いの郊外型店舗には、他のお店が閉店した建物にそのまま入る「居抜き」型の店舗が結構あります。
特に有名というか、見た目ですごくよくわかるのが「旧ハローマック」物件と「旧ユニクロ」物件と「旧アルペン」物件。
以下、ブログまとめ中に見つけたものなのでストリートビューもほとんど全部既に閉店済みの物件です。

■旧ハローマック物件:このガタガタのお城を模したヤツですね。

<BOOKOFF 仙台八本松店>


■旧ユニクロ物件:一時期までの郊外型は窓付きの三角屋根と店頭の掲揚ポールが基本。掲揚台が撤去されているパターンもあり。

<TSUTAYA 宇部厚南店>


■旧アルペン物件:とても有名なこのトンガリです。
<ビデオインアメリカ 宝塚店>


それほど有名ではないのでは、確かBOOKOFFが居抜きで入っているのがあるはずなのですが、見つけられなかったので文教堂ママなのですが、この「割れ目」が文教堂のトレードマーク。
<文教堂 鎌倉店>


数が非常に少ないので確定しきれないのですが、この真ん中で分割されたパターンは、エンターキング特有ではないかと思っているのですが、どうでしょう。
それともエンターキングが拡大している際、この形状の建物に複数入店したか。
<桃太郎王国 習志野店(現存)>

明らかにスキー用品専門店跡地なのですが、どのチェーンだかわからなかったヤツ。
<GEO 豊田東山店>

あと、このどうしようもなく看板エリアとのバランスが悪いのは、元々何だったのだろう。
<TSUTAYA 大河原バイパス店>

そしてもっと気になっているのは今は更地のBOOKOFF浜松加美店。

TSUTAYA郊外型の典型スタイルと旧ファミリーブック(現GEO)のデザインの類似点とか、TSUTAYAの旧サンホームビデオ物件の見分け方とか、もう少し普段のブログのノリに寄せようかとも思ったのですが、何かこれでいい気がしたので以上で終わります。

Billboard Japan HOT100の集計が変わったこと

Billboard Japan HOT100の集計のレギュレーションが、上半期から下半期に入るタイミングで変更になりまして。

これによって、「CDの売上数」のチャート全体にかかるウェイトが更に下がることになります。
毎週算出しているチャート、「世間でヒットしている曲を可視化する」ことを最大の目的とするのであれば、「一部固定層による多数枚購入」はその目的から考えた場合むしろ「ノイズ」である、という判断。ある意味正しいと思います。

一方、3年前にCD売上のみだったところを離れて「合算チャート」を作成し始め、徐々にそちらが優先の方向へと進んでいる感のあるオリコンですが、それでもまだ「CDチャート」は捨て切れていませんし、「合算チャート」におけるCD販売数のウェイトも大きめ。

従って、これくらいの違いが出てきております。

Billboard Japan HOT100(6/7付)
オリコン合算シングルチャート(6/7付)

オリコンはまだネットなど何もなかった時代からチャートの算出を行うことで「世間でヒットしている曲を可視化する」ということを行ってきましたが、その根本的な基礎はネットが普及するまではまさに「いかにレコードの売上(実売数)を詳細にカウントするか」ということでした。
星光堂が己のマーケティングや販促をより精緻化するために開発した、リアルタイム性高く売上を把握するシステムをチャートのカウントにも使用したり、様々な試みを行った結果、数値に基づいた一定の信頼を得られるだけのチャートを導き出すことに成功したわけです。

ただ、1980年代以降、そういう仕組みであることをレーベル側も認識して、少年隊あたりから始まる「同タイトルシングルの複数種リリース」や、おニャン子クラブやそのソロ活動で行った「帯の生番組」という当時最も速報性が高いスタイルのメディアを使用しての「リリース初週の販売数の最大化(=オリコン初登場1位化)」を狙ったプロモーションであるとか、その仕組みのある意味「裏をかく」チート的なアクションが普及し始め、その後当たり前になっていきます。

その他、CDシングル時代になって勃発した「何曲入りまでがシングルやねん」問題や「DVD入っててもシングルと呼んでいいのか」問題等、様々な問題に直面しては、恐らくレーベル側と調整を繰り返してきたオリコン、そんなレーベル側との関係もあってか、「ヒットしている曲を可視化する」=「いかに精緻にレコードの売上(実売数)をカウントするか」であるという思考から逃れられなくなってそのままレガシー化してしまっている状況が内部で発生していて、今もそこからどう変わっていけるのか試行錯誤の真っ最中、という気もします。

ただ、じゃあそういうしがらみの薄いBillboard Japanは安泰かといえば、「サブスクやYouTubeにおける一部固定層による多数回再生」を四六時中続ける行為は「一部固定層によるCD多数枚購入」とどう違うのか問題もありますし、SNSでは「中ヒット」くらいだった曲を既存メディアで大展開することで「大ヒット」っぽく見せる技とかも、最近出てきているように思えます。
ファンもレーベルもこれからもきっといろいろ編み出してくるでしょうから、レコード/CD時代と同様かそれ以上の「闘い」が、この先も続いていくのでしょう。割と地獄。